ここから本文です

東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第2回) 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)

本の話WEB 9/3(土) 12:00配信

 時代劇から「仁義なき戦い」まで数多くの傑作映画を生み出してきた東映京都撮影所の歴史をダイナミックに描いた『あかんやつら』(春日太一・著)。このたび文庫化され、渾身の解説文を書いた水道橋博士。
 今回、読書の秋にぜひオススメの一冊として、本書をより多くの人に読んでもらいたいと思った博士がWEB限定で公開する、文庫本の解説よりも長い“一万字”解説をお楽しみください。

ボクの浅薄な先入観は、ものの見事に打ち砕かれた

 そんな折、この本は、役者バカ・勝新太郎ではなく、新たに監督・勝新太郎に焦点を置いた評伝として描かれ、他の類似書にはない強烈な個性を放って突如、世に出現した。

 とはいえ、当初は、この本が勝新と同時代を生きた業界人ではなく、77年生まれ、出版当時まだ33歳、アムラー世代に属する「時代劇研究家」によって書かれたノンフィクションであることをボクは訝しんだ。

 無論、生前の勝新太郎と知遇を得る世代ではない。後追い取材の若書きの一冊に、リアリティなど望むべくもないと高を括っていた。

 然るに読後、ボクの浅薄な先入観は、ものの見事に打ち砕かれた。

 著者は映像京都(旧大映京都撮影所)に東京から単身通い詰め、勝新と時代を共にした、脚本家、撮影監督、スクリプター、照明、美術、小道具……。映画の裏方スタッフの声なき声を証言として拾い集める手法により、亡くなって久しい、監督・勝新太郎の輪郭を新たに太く深く鋭利に刻みこんだ。

 既に著された評伝や自叙伝、周囲に語り継がれている伝説と不即不離の軌道を保ちつつも、手にした新事実の数々が従来よりもスケールの大きな人物像を再構築していく。

 言わば、再度、あの“勝新山脈”が裾野を広げ、天才の孤高の頂きと稜線を、より明瞭に浮かび上がらせ、読者の脳内スクリーンに圧倒的な景観として映し出してみせた。

 100年後にも残るほどのノンフィクションの偉業は、何処から本格的な書き手が現れるのかは予見できない大番狂わせでもあった。

 ボクは、この予期せぬ大傑作ぶりに大興奮し、まさに不意討ちに遭ったかのような、若き侍の太刀筋を、SNSに何度も綴り、会う人、誰彼構わず、喧伝し、手元に新書のストックを置き、手渡しで配りまくるほど強く思い入れた。 

「殿と勝さんの間には数奇な運命があります。この本を読んでください!」と師匠・ビートたけしの楽屋でこの本を献上したこともあった。

 次第に作品は口コミで評判を呼び、無名の新人ながら、第42回大宅壮一ノンフィクション賞にノミネートされたが、惜しくも受賞には至らなかった。

 その後、2012年10月、秋葉原で開催された「ビブリオバトル首都決戦」で、書評のデモンストレーター役として呼ばれたボクは、迷うことなく『天才 勝新太郎』を持参した。丁度、同席した、イベントの審査員でもあり、大宅賞選考委員であった猪瀬直樹東京都副知事に「なぜ、受賞できなかったのか?」と不躾にも問うてみた。

 猪瀬氏は「高水準の作品だが受賞となると、まだ書き足らない。作品に描かれたことは氷山の一角であり、書き手の積み重ねた経験、入念な取材と膨大な時間を想起させるものを埋もれた氷山の中に必要とする」という趣旨の言葉を早口に残し立ち去った。

 そして2013年の11月、本書『あかんやつら』は上梓された。

 ボクは冒頭に書いた通り、一気読みの興奮冷めやらぬまま、あの日の猪瀬氏の言葉を反芻し、ツイッターに「今度こそ膨大なる埋もれた氷山、その裾野まで描いている!」と綴った。その日、直ぐに春日氏から返信があった。

「処女作の『時代劇は死なず!』が開高健ノンフィクション賞にノミネートされた際に、審査員の崔洋一監督に『東映京都の話はこんなに甘くない!』と酷評された悔しさが、その後の原動力の一つでもあったので、できるだけ『裾野』を描き尽くすことを心がけて執筆しました。それだけに、とても嬉しいお言葉です!」と。

 この返信を機に、ボクは尚のこと興味を抱き、春日太一という書き手本人の裾野を巡るべく、まずは未読であった第一作、『時代劇は死なず! 京都太秦の『職人』たち』(集英社新書 2008年。現・河出文庫に完全版を所収)を取り寄せた。

『時代劇は死なず!』は、かつて京都太秦に在った東映、大映、松竹の3つの撮影所が時代劇全盛期を経て、映画からテレビへ主戦場をシフトしていく過程を描き『撮影所版プロジェクトX』というべき、誇り高き映画職人たちの仕事ぶりを描いている。

 読書の順番は前後したが、筆者が26歳の大学院生時代に書かれたと云うこの処女作には、春日太一氏の原点、源流、起点があり、その後の著作、研究に一貫する「映像の作り手は温故知新でなければならない」という主題が明記されていた。

 京都太秦は、単なる映像スタジオとは割り切れない雅俗混交の結界である。

 長き伝統が培った現場に揺蕩う、殺気、技術、プロ意識に、若き春日太一氏は慄きつつも、通い詰め、どっぷりと浸かり、その価値を再認識し、次世代へ継承する記録を残した。

 しかし、このデビュー作は、字数制限のタイトな新書の形であり、半分は映画だが、半分はテレビ時代劇の話で、その分、見聞きしたひとつひとつの逸話は断片的になっていた。

1/2ページ

最終更新:9/3(土) 12:00

本の話WEB

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。