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歌人・穂村弘が織りなす笑いと怖気の絶品エッセイ

Book Bang 9/3(土) 8:00配信

 いろんなところに連載している人気の歌人である。書いたものをみつけると真っ先に読む。着眼点がなんともユニークで、可笑しい。

 本書もそうした連載をまとめたものだが、可笑しいだけでなくて、こわい。こわいだけでなく鋭い。なぜかと考えてみるに、作者が安全な場所に身を置いて書いてはいないからではないか。自分がいかにこわがりかを告白し、そうした自分を崖っぷちに立っておそるおそる見ているような緊迫感がある。

 本屋で目当ての本が見つからなかったり、旅先で道に迷ったとき、「『他人に声をかける』ことのハードルが妙に上がって」言葉が出なくなる。この感じ、たしかに身に覚えがあるが、「他人という存在の扉を叩く行為は本質的には常におそろしい。何故なら、他人とは、自分とは異なる命の塊だから」。

 なるほど、異なるために恐れが生まれ、動けなくなる。ちがいが喜びをもたらす場合もあるが、まず感じるのは不安感のほうなのだ。なぜなら、物事や状況が変化する時には「死の匂いが強まる」から、という指摘には、思わず声をあげた。変化の隙間に死の気配が潜んでいるなんて、思いもしなかった。

 悪夢を見ている最中の自分は、「不安感や焦燥感や無力感といったネガティヴな感覚のレベルを全て『最強』に設定されてい」て「現実の私よりも無力」というのは確かにその通り。

 もしかしたら、物事が変化するときは、この心理状態に接近するのかもしれない。時空が宙吊りになり、「現実の私」と生き別れになった瞬間、妄想が忍び寄ってくるのだ。

 半ばまでいくと、夏場に読むにふさわしい怪談めいた話が登場する。「二つの原稿」なんて、人ごとではないような気がして総毛立った。「怪談」と銘打たれたものより、実はこういう話のほうがずっとこわい。こわさの元がぜんぶ自分にあるとわかってしまっている故に、こわくてたまらない。

[評者]――大竹昭子(作家)

※「週刊新潮」2016年9月1日号掲載

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最終更新:9/3(土) 8:00

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