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東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第3回) 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)

本の話WEB 9/4(日) 12:00配信

 時代劇から「仁義なき戦い」まで数多くの傑作映画を生み出してきた東映京都撮影所の歴史をダイナミックに描いた『あかんやつら』(春日太一・著)。このたび文庫化され、渾身の解説文を書いた水道橋博士。
 今回、読書の秋にぜひオススメの一冊として、本書をより多くの人に読んでもらいたいと思った博士がWEB限定で公開する、文庫本の解説よりも長い“一万字”解説をお楽しみください。

「柳の下には泥鰌は二匹も三匹もおるわい」(マキノ光雄)の東映イズム

 そこで次作『天才 勝新太郎』は、再び旧・大映撮影所のスタッフを訪ね、新証言を引き出し、資料を漁り、勝新という尋常ならざる「個性」にフォーカスを定め、かつ大映京都らしい格調高い芸術的な深度を再現する趣向で新たに描き直した。

 一方、『あかんやつら』は、十年の歳月を費やし、再取材を重ね、東映京都撮影所という共同体の歴史と「集団的個性」を掘り下げ、かつ東映京都らしい、血湧き肉躍る「不良性感度」の高い物語を再現する試みに挑戦した。

 この3作は、それぞれ周縁部を重ね合わせながら、各社の映像的社風を反響させた、補完関係にある3部作とも言える。

 加えて、東宝と東映の戦後史を対峙させ、論述した『仁義なき日本沈没』(新潮新書 2012年)をも合わせると4部作ともなろう。

 この本に沿って言えば、良い意味で「柳の下には泥鰌は二匹も三匹もおるわい」(マキノ光雄)の東映イズムを体現している。

 蛇足ながら、『あかんやつら』は「斜陽期にテレビに行かず映画界に残った京都太秦の映画職人たちの物語」であり、その一方では「新天地のテレビへ、戦いながら向かった職人たち」も並列的に存在する。

 春日氏は映画史研究と表裏一体でテレビ時代劇史にも入念な取材を重ねており、師匠、能村庸一(フジテレビ・時代劇専任プロデューサー)の導きと共に『時代劇の作り方』(辰巳出版 2011年)など一連の著作がある。

 さらに現在はNHKの大河ドラマを題材に、大河ドラマ史という、誰もがその膨大な作業に怯むはずの、文字通り大河すぎる新書も、本丸であるNHK出版から上梓する予定だ。

 さて、本作『あかんやつら』は、東映の京都撮影所(京撮)だけに的を絞っているにもかかわらず、65年を超える歴史を遡るとなると、その作品数、情報量は膨大であり、しかも先行の書籍は数々ある。

 そこで、筆者は、これまでの静謐な筆致から一転して、史書の群像劇の筋運びに倣い、喧騒な筆捌きを見せる。

 さらに、東映時代劇の鉄則「泣く・笑う・(手に汗)握る」、「痛快・明朗・スピーディー」、さらに実録モノの異界を「覗く」、京撮の大衆娯楽の方程式を読者に説明しながら、そのまま換骨奪胎して、本書の文章に取り入れている。

 新たなる武器は文中に何度も現れる、(◯◯・談)。

 カギ括弧証言の後に付される、この“談”の符号が、突拍子もない逸話への猜疑心を打ち消す護符となり、現代から俯瞰した昔語りのテンポを軽快に作っていく。

 証言者は、経営サイド、監督、助監督、プロデューサー、脚本家、殺陣師、記録、そして、製作進行、元企画部長といった縁の下の功労者まで入れ替わり立ち替わる。

 映画の世界を描くのに、これほど裏方の名前が頻出するのは稀であるだろう。しかし、特筆すべきは、この聞き書きが、何より「面白い!」ことだ。

(ちなみに、この文庫版では、男だらけの仕事場の紅一点で長く「記録」をつとめた田中美佐江の証言が新たに書き加えられている。)

 裏方の面白さは、まず序章から痛感させられる。

「小指のない門番」で語られるのは、全身にくりからもんもんの刺青を背負い、左手の小指がない様相で撮影所に睨みを利かす東映京都の老門番・並河正夫氏。

 復員兵から任侠の道に入り、その後、1950年代に若手時代劇スター中村錦之助と懇意になり東映入り。昼は製作進行、夜は錦之助の用心棒をつとめあげ、第一線を退いた後も撮影所で余生を送り、2010年3月、86歳で亡くなった老人の一生が端的に語られる。

「東映はヤクザが門番している!」と山城新伍が吹聴するなど、長く都市伝説的に語られてきた存在である。彼のようなひとがどれほど、映画製作の現場に必要な人材であり、製作進行として有能であったかは、土橋亨監督の『嗚呼!活動屋群像』(開発社)や『映画の奈落~北陸代理戦争事件』(伊藤彰彦・国書刊行会)のなかでも綴られている。

 読者の多くが冒頭から、この一章で落涙するだろう。

 この本が華々しい表舞台の裏で、無名のままに映画作りに奉仕した裏方たちへの鎮魂歌であり、狂気と侠気と心意気の物語であるという著者の視座が宣言され、いきなりガッチリと掴まれる。

 銀幕に輝く大スターは数多の脇役、端役の存在によって精彩を放つのと同じく、映画の光輝とは、見えざる陰の仕事の濃密さによって鮮烈に浮かび上がるものだ。

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最終更新:9/4(日) 12:00

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。