ここから本文です

なぜブルキニは禁止でビキニは良いのか

ナショナル ジオグラフィック日本版 9/5(月) 7:20配信

欧米でビキニはこうして市民権を得た、水着の進化史

 ビーチに繰り出したいフランスのイスラム教徒の女性たちには、つらい夏だったことだろう。

【写真】ビキニではしゃぐ女性たち(1950年代)

 全身を覆うイスラム教徒の女性用の水着ブルキニの着用を禁止する条例に対し、フランスの最高裁にあたる国務院が違憲とする裁定を下したにもかかわらず、複数の自治体が依然として罰金を科している。

 一部で指摘されているように、ブルキニはフード付きのウェットスーツと大差ない。つまり、ブルキニをめぐる見解の相違は、ブルキニそのものというより、背景のイデオロギーと関係がある。だとすると、こんな疑問が湧いてくる。逆に、欧米のビーチで一般的な体の線や肌をあらわにするビキニは、どのように定番の座を獲得したのだろうか? この疑問の答えを探るため、欧米における水着の進化を振り返ってみた。

ドレスとともに歴史を歩んだ水着

 われわれ現代人の目には、短めのキモノとショートパンツといったように見える女性の服装。しかし、19世紀後半はこれがごく標準的な水着だった。

 米ネバダ大学ラスベガス校の米国史の助教で、ファッションと衣服をテーマに研究を行うディアドラ・クレメンテ氏は「水着の歴史は長い間、ドレスの歴史をほぼそのまま反映していました」と話す。ビクトリア朝時代の女性にとって、水着のデザインではつつましさがすべてだった。

 ドレスとハーフパンツを組み合わせた水着は普通のドレスより丈が短かったため、米国の公共のビーチでは、ストッキングをはいて泳がなければならなかった。また、ウール素材のものが多く、決して泳ぎには適していなかった。

 水の中では「とても不快で、非常に重く、なかなか乾きませんでした」とクレメンテ氏は説明する。

ワンピースの登場

 オーストラリアの水泳選手アネット・ケラーマンは、女性の水着が泳ぎづらいのはばかげていると考えた。そして、体にフィットした軽い水着が必要だと主張し、自ら開発した水着も販売した。

 しかし、すべての人に支持されたわけではない。1907年、ケラーマンは米国ボストンのビーチで、体に沿うワンピースの水着を着ているという理由で逮捕された。

「このような水着を着用し、自ら販売した彼女の決断は、水着の進化の基礎となる出来事でした」とクレメンテ氏は言う。「水着の決定的な要素がつつましさから機能性へ、ゆっくりと、しかし確実に変わっていきました」

 一方、男性の水着は腕と脚こそ出ていたが、胸を露出しないものが多かった。

1/2ページ

最終更新:9/5(月) 7:20

ナショナル ジオグラフィック日本版

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ナショナル ジオグラフィック日本版の前後の記事

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。