ここから本文です

吉川三国志を読み返す――戦時的緊張を備えた名著

Book Bang 9/5(月) 8:00配信

『三国志』は、誰でも知っている通り陳寿の書いた歴史であるが、後世に物語として面白く書き加えられたものである。日本でも戦後、横山光輝の劇画としても成功している。

 それで今更ここで吉川英治の『三国志』を取り上げるのもどうかと思われる読者もおられるかも知れない。しかし、吉川『三国志』は断然、読み返すに値する名著なのである。

 吉川が、この著書にとりかかったのは、確か昭和十五年頃、彼が五十歳になる前の脂の乗り切った時であった。しかもその時代は、シナ事変勃発以来、約三年、戦争の雰囲気が生活の隅々まで行き渡ったころであった。吉川もその戦時的な緊張の中でこれを書いたに違いない。だから今読んでもなんとなく戦時的緊張がなければ感じられないような雰囲気を備えている。

 また、成熟期に達した吉川英治の描写の中には、色々な意味で考えさせられる事が、さりげなく含まれているように思われる。

 例えば、普通軽く見られる呉の国には、何故あのように人材が豊かであったのか。また、曹操の決断のし方なども、今日でも参考になることが多いと思う。勿論、後半は孔明が中心に語られることが多い。彼が劉備の三顧の礼に応じて出廬(しゅつろ)してから蜀の建国までは正に胸躍るプロセスである。それからの孔明の天才ぶりは、誰でも知るところだ。しかし、劉備が亡くなると、どうして人材が集まらなくなったのか。劉備という人は孔明と一緒になるまでは負け続けの人だった。しかしその劉備がいなくなると、天才的軍師孔明の周辺の人材はどんどんとぼしくなっていくのである。これなどは、才能とは別な徳というものが、国造りには必要なのではないかと考えさせられる。昔から孔明は楠木正成と並んで、そのすっきりした人格が尊敬されてきたのであるが、ともにその終わりの悲劇的なことも考え合わされる。

 また、吉川三国志には「鶏肋(けいろく)」などの故事についての詳しく且つ、面白い説明も多くあって大いに勉強になるところがあると思う。

[評者]――渡部昇一(上智大学名誉教授)

※「週刊新潮」2016年9月1日号掲載

SHINCHOSHA All Rights Reserved.

最終更新:9/5(月) 8:00

Book Bang

記事提供社からのご案内(外部サイト)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。