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東映の歴史とは、すなわち、成功と蹉跌とが糾う、生き残りの歴史である。――水道橋博士(第5回[最終回]) 『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』 (春日太一 著)

本の話WEB 9/6(火) 12:00配信

 時代劇から「仁義なき戦い」まで数多くの傑作映画を生み出してきた東映京都撮影所の歴史をダイナミックに描いた『あかんやつら』(春日太一・著)。このたび文庫化され、渾身の解説文を書いた水道橋博士。
 今回、読書の秋にぜひオススメの一冊として、本書をより多くの人に読んでもらいたいと思った博士がWEB限定で公開する、文庫本の解説よりも長い“一万字”解説をお楽しみください。

秀逸なる映画本の読後感は、一編の映画を見終えた感慨に一致する

 淡々と年代を追いかけ、時間軸を進めていく本書だが、それでも抑え切れない筆者の衝動が、時折、頁一杯に炸裂する。

 マキノ光雄の侠気、東映が忠臣蔵を作り続ける意味、岡田茂の超人的な人間力、若手監督やプロデューサーの台頭、脚本家・編集マンの独自の技術力などに言及するばかりか、殺陣師・谷明憲の証言から、近衛十四郎の役者魂に筆が走り、若山富三郎と鶴田浩二の確執から「若山一家」の逸話に興が乗り、12年ぶりに京都へ帰ってきた萬屋錦之介の涙を活写する。

 しかし、春日太一の真骨頂は本書でもやはり裏方エピソードなのだ。読み方によっては、この本は、東映の殺陣師の歴史、スタントマンの歴史とも読めるのだが……。

 特に印象的なのは「仁義なき戦い」の章。

 この時代の深作欣ニ監督の手持ちカメラの手法の斬新さは、今でも各所で語り継がれているが、その真髄、その技法の一つとして、メインカメラマンの後ろで、瞬時にピントを合わせるだけの助手の存在があったことが初めて明かされる。

 映画史のなかで、今まで陽の目を見なかった名も無きプロフェッショナルの仕事にも本書は、後方より、カメラを万年筆に替えて見事にピントを合わせてみせた。

 また、他社、角川映画であり松竹製作であったが、その実態は、深作欣ニ監督による東映京都撮影所物語そのものであった『蒲田行進曲』にも長々と頁を費やしている。

 そして興隆するテレビから斜陽期の映画へ転身を遂げた五社英雄監督への語り口調は一際、熱を帯びている。(実際、春日氏は、この大冊でも書き足らず、河出書房新社で丸ごと一冊五社英雄のムックを責任編集、それでも、熱が冷めやらず、この8月には文春新書より『鬼才 五社英雄の生涯』を上梓することになるのだ)

 事ほど左様に、活動屋魂が迸る、熱き血潮の挿話は数限りない……。

 さて、春日太一氏は、このジャンルの書き手としては稀に見るほどに、現在、売れっ子であり多忙だ。

 週刊文春『木曜邦画劇場』では旧作の日本映画の紹介。

 週刊ポスト『役者は言葉でできている』では映画俳優へのインタビューを「専門誌ではなく一般誌で」長期連載を担当している。

 後者は単行本『役者は一日にしてならず』(小学館 2015年)に纏まり、今後はシリーズ化されることだろう。

 当初「役者のインタビューはしない」を旨にし、映画やドラマに携わる撮影所の裏方だけの取材による執筆を自らのスタイルとしていたが、2010年に『SPA!』誌で役所広司インタビューを契機に前言を撤回。

 その後、三國連太郎、仲代達矢という重鎮に膝を交えて話を聞くことになる。

 そして、その一部が『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書 2013年)に纏まっているだけでなく、今も継続した取材と交友が続いている。

 仲代達矢も、まるで遺言を語るかのように、その日本映画の黄金期の体験を文字に残すことを春日太一氏に託しているかのようにも思える。

 もともと、春日太一氏の活動は、「時代劇映画を復興すること」が最大のポリシーであり、本人が「裏方」への強い共鳴は今も隠していないが、書き手の本人が「無名」であっては、その声も所詮は、弱く、か細く、マニアックに過ぎないことに自覚的で、意図的に「表」に向けて活動範囲を広げている。

 本人自身が、ラジオやWOWOW放送、トークイベントにも頻繁に登場し、時代劇、映画史だけでなく、時として鬱屈とした思春期や自分語りを繰り返し、まるで、自らが劇中人物であり「表」のひとりになろうとしているかのようだ。

 そういう意味では『俺たちのBL論』(サンキュータツオとの共著・河出書房新社)などは、今後、時代劇研究家が著した奇書として謎めいて語られていくだろう。

 学生時代内向的だった人物が、大人になって本当の居場所を得ると、もはや喋り出したら止まらない、溜め込んだ濃い知識と怨嗟を綯い交ぜにして、誰も反論も制止もできなくなる魔力を帯びる…文筆活動の内でも外でも、そんなゾーンに今、春日太一氏は入っているかのようだ。

 時には舌鋒鋭く、チャンバラの如き論戦にも及び、ひと目を引く。

 いわば、時代劇の時代に乗り遅れた筆者は、そのバトンを受け継ぐ選ばれた使者として、自らスポットライトを浴びることで、また次代へ「劇」を手渡そうとしているかのようでもある。

 まるで全盛期の東映京都のような、活字の量産体制を強いる、若き「時代劇研究家」は己の裾野を広げ、今や「同時代」からも研究されるべき立派な「文士」と言えるのではなかろうか。

 その姿に、ボクは旗幟鮮明に応援を誓い、今後の著作に期待しないではいられない。 

 昔日を振り返り、春日氏は「東京から京都へ、足を運んでいくら取材しても、その成果を発表させてくれる媒体がない時代が長く、毎晩トイレで便器に顔を突っ込んで泣いていた」と云う。

 どころか、取材だけでは飽きたらず、思い余って、自ら映画の世界へ跳び込み、怒涛の物語に巻き込まれようと、東映の「芸術職採用」の入社試験まで受けたが、最終面接で落とされる無念と喪失の時間を過ごしている。

 京都太秦の撮影所は、ひとりの青年に対し、過去と未来を見据える座標を授けつつも、峻烈な試練をも与えた。しかし、それは若き時代劇研究家を生む羊水ともなった。

 撮影所とは、この本に描かれる全ての映画人の通過儀礼の地となっている。

 本書が、これほどまでに我々ボンクラの胸を打つのは背景に、著者が青年から大人へと成長を辿る物語でもあり、著者にとって未完では終われない物語であったからだ。

 春日太一氏は10年の歳月を経て、この“紙のフィルム”の編集作業を完遂した。

「この世で始まったことはこの世で終わるやろ!」――。

 この本のなかで放たれた、東映京都撮影所が誇る名物製作進行・並河正夫の言葉が、我々読者の間にも木霊するのだ。

 波打つ物語を一気に読み終え、本を閉じると「完」の文字が虚空に浮かぶ。

 秀逸なる映画本の読後感は、一編の映画を見終えた感慨に一致すると言われる。

 確かに、この豊饒なる読書体験は、在りし日の東映作品の興趣を彷彿させる。

 だからこそ、ボクは夢想する――。

 この本が何時か東映三角マークの下に実写化され、京都撮影所の「あかんやつら」が、白い牙を立てて巌を噛む荒波の如く暴れまくる、あの「熱き日」が蘇る日を!

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最終更新:9/6(火) 12:00

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TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。