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「不透明な街」歌舞伎町から「ぼったくり」がなくならない理由

Wedge 9/6(火) 11:10配信

 「『全部こみこみで4千円です』と説明して客9人を入店させたが、支払いの段階で『このままじゃ終わらねえぞ』などと威圧的に話して約266万円を取り立てた」(日経新聞2015年6月16日夕刊・本書より抜粋)――この新聞記事に典型的に見られるような新宿・歌舞伎町での「ぼったくり」に関するニュースは後を絶たない。最近では警察が以前より積極的に介入するようになってきているとも報道されているが、それでは、そうした介入にもかかわらずなぜぼったくりはなくらないのだろうか。そしてこのぼったくりを生み出し続けている歌舞伎町という街は、いったいどのような構造になっているのか――。

 『歌舞伎町はなぜ〈ぼったくり〉がなくならないのか』(イースト新書)を2016年6月に上梓した首都大学東京都市環境科学研究科特任助教の武岡暢氏に話を聞いた。

――今回の本では、日本を代表する歓楽街である歌舞伎町とぼったくりについて書かれています。アメリカで大ベストセラーとなった『ヤバい経済学』(東洋経済新報社)には売春婦のヒモであるピンプについて書かれていたと記憶していますが、歓楽街そのものの研究というのは珍しいのでしょうか?

武岡:海外では『ヤバい経済学』の著者であるスティーブン・D・レヴィットの相棒で、社会学者のスディール・ヴェンカテッシュがスラムのギャングや地下経済などの研究を行っていて、日本でも『ヤバい社会学』や『アメリカの地下経済』(日経BP社)という本が翻訳されています。また関連する学術論文もあり、ヴェンカテッシュの仕事は歌舞伎町について研究する際に参考にできる数少ない先行研究でした。

 彼が共著者とともに書いたある論文では、75名の入居者のうち50名がセックスワーカーであるというシカゴ大学近くのアパートで、セックスワーカーを全数調査しています。セックスワーク研究が日本に比べて盛んな海外でも彼のような調査は珍しく、ほとんどの研究が売春という現象や売春婦という主体に焦点を当てたものです。セックスワークが行なわれている場所や空間に焦点が当たることはほとんどありません。

 日本でも都市社会学や地域社会学といった都市や地域の空間を扱う社会学の領域では、歌舞伎町よりもっとスケールの大きな自治体レベルの研究が盛んです。より小さい街頭の空間などが取り上げられることも時折ありますが、600メートル四方の歌舞伎町という中途半端なスケールの空間の研究は珍しいと思います。

 私自身はそもそもぼったくりという「犯罪」について興味があったわけでなく、歌舞伎町全体の社会構造がどのように維持・再生産されているのかということをテーマに博士論文を執筆しました。

――武岡さんは歌舞伎町のある新宿区育ちとのことですが、歌舞伎町にどんなイメージを持っていたのでしょうか?

武岡:西武新宿線沿線で生まれ育ち、それこそ中学生の頃は、自転車に乗って映画を観に行くところという意識で、当たり前にある街でしたね。大学院生になってから研究のために歌舞伎町で働くキャバクラやホストクラブ、客引きの人たちと実際に接するようになって、皆さんがすでに社会学者といった感じで、冷静に自分たちで自分たちのことや周囲の社会を分析していることを知りました。調査前にわずかに抱いていた「刹那的」とか「無自覚的」とかいったイメージは、偏見に過ぎなかったことが分かりました。

――1冊にまとめた今、歌舞伎町は一言で表すとどんな街でしょうか?

武岡:難しいですが、「不透明な街」、でしょうか。それは完全に透明に中身を見通せるわけではないけれども、かといって全く推測出来ないわけではなく、何かはあるのだけれど何があるのか不明であるというような意味で、です。

 近代以降の都市がそもそもそうした意味で不透明な存在であるとも言えますから、歌舞伎町は典型的な都市的空間なのではないか、というところが社会学者としては面白いところです。

――では、その不透明な街である歌舞伎町は世界の歓楽街と比べてどんな特徴がありますか?

武岡:一方でそもそもキャバクラなどの接待型風俗営業は世界的には極めて珍しいもののようです。他方の性風俗では、日本も含め世界中でデリバリーヘルス形式、つまりウェブや電話で自宅やホテルなどに女性を呼ぶ形式が支配的になりつつあります。このデリバリーの形式を本書では「オフ・サイト型」と名づけました。

 歌舞伎町はキャバクラやホストクラブなどの接待型風俗営業、あるいは性風俗営業にしても客が自ら現地に赴き、お店でサービスを受けるところが特徴で、これは「オン・サイト型」です。オランダのアムステルダムにある「飾り窓地区」や、大阪の飛田新地も同じタイプで、現地に足を運び、女性を選び、サービスを受けます。

 ただ、アムステルダムや飛田新地と歌舞伎町が違うのは、中が外から見えないこと。アムステルダムや飛田新地では、通りから見える店の入り口近くに女性たちが並んでいて、容姿や店内の一部を確認することが出来るのに対し、歌舞伎町の店は雑居ビルに入居していることが多く、中に入るまでどんな女性や、あるいはホストクラブであれば男性が、サービスをしてくれるのかわからない。札幌のススキノも同じような特徴を備えているので、日本の歓楽街のひとつの特徴と言えるかもしれません。

――ウェブや雑誌で調べてお目当ての店に行くことも出来ますが、歌舞伎町の場合、数多くの客引きがいて、彼らに案内され店に連れて行かれるパターンもあります。武岡さんの『歌舞伎町はなぜ〈ぼったくり〉がなくならないのか』でも、客引きとぼったくりの密接な結びつきについて改めて指摘されていますが、そもそもこの客引きについて馴染みのない方もいるので説明していただけますか?

武岡:本書の中では客引きを3種類に区別しています。飲食店やカラオケ店などの風俗営業店以外の店員による客引き、風俗営業店の店員による客引き、店に所属しないフリーの客引きの3つです。

 上記の初めの2つの客引きは、「安くしますよ」などと近寄ってきて、最終的には自分が所属している店へ呼び込む機能を持っています。

 それに対し、3つ目のフリーの客引きは特定の店の従業員として働いているわけではなく、客のニーズに応じて、基本的にはどんな店にも案内します。例えば「キャバクラどうですか? 1時間3000円ですよ」と声を掛け、客が同意すればキャバクラへ連れて行き、後にバックと呼ばれる報酬を店側から受け取ります。ただ、歌舞伎町の客引きのほとんどがぼったくりだとも言われていますので、実際には3000円ではなく数万円から数十万円を請求される事態も起きてくることになります。

 また、客が「今日はキャバクラの気分じゃない」と答えれば、客の嗜好を聞き出し他の業態の店に案内します。

 歌舞伎町での聞き取り調査によれば、歌舞伎町の中央を東西に走る花道通りには、店付きとフリー合わせて1000名近くの客引きがいると言われ、フリーの客引きが案内先として関係を持つ店舗数は300~400店とも言われます。ただし、風俗営業店の客引きは法令によって明確に禁止されています。

――法令により禁止はされていますし、ぼったくりも多発していますが、その2点をきちんとクリアして整備すれば、数多ある歌舞伎町の店の中から客の要望に応える店を案内してくれるのであれば有効に機能する可能性もありますね。

武岡:これは自分で直接調査したわけではないのですが、小規模な繁華街だと客引きが上手く機能しているらしい、という話も聞きます。規模が小さいと、ぼったくりをしてしまうとすぐにバレてしまうので、悪いことが出来ないために機能するとのことです。

 またこれは本書でも触れた内容ですが、あるお店がその日の売上が芳しくない時、客引きに対し「今日は割り引いて案内してくれて大丈夫です」と伝えれば、売上が持ち直すかもしれない。その時々の需要と供給のバランスを上手く取る仕組みになっているので、特に風俗営業のような業態と客引きとは非常に相性が良く、適合的な職業と言えるかもしれません。

――ただ、その客引きの存在が「歌舞伎町=ぼったくりの街」のような認識を多くの人に生んでいるのも事実ですね。

武岡:世界の歓楽街と比べると、先ほど申し上げたように歌舞伎町はオン・サイト型で、しかも外からは店内が窺えないという構造になっているので、ぼったくりが完全になくなることはないのではないかと思いますね。いくらウェブで調べたところで、実際に現場に足を運ぶと違いがある。歌舞伎町に関する情報はさまざまな意味で不完全で、その不完全性が、客引きといったブローカーのニーズを生みます。それは何も客引きに限ったことではなく、例えば不動産に関して一般に情報が人々にとって不完全であるからこそ、不動産業者が生まれる余地があるのと同じです。

 歌舞伎町は不透明な上にオン・サイト型であるからこそ客引きが出てきます。でも、だからと言ってその客引きがぼったくりをしなくても良いじゃないか、と思われるかもしれません。しかし歌舞伎町では「ぼったくらない理由がない」ということでもあるのです。

――それはどういうことでしょうか?

武岡:歓楽街でぼったくりが起こる理由はいくつか挙げられます。そもそも売り手にとってみれば高額の請求は利益の最大化になる。風俗産業は中長期的に取引を継続するインセンティブに相対的に欠けているし、警察などによる法執行は効果的に行なわれていませんから、こうした条件のもとで利益の最大化を考えると、ぼったくりは合理的選択であるとすら言えます。

 また調査の中で客引きにインタビューしたところによれば、例えば「5万円で未成年と違法な性行為が出来る」と客引きに声を掛けられて、それに付いて行く客がいます。歌舞伎町という街の性質上、そうした違法な性サービスが「絶対にない」とは言い切れないという気持ちになってしまうのでしょう。5万円という値段も、高いけれども、多少の余裕がある人ならば行ってみるかという値段かもしれません。街にある程度の広さがあり、小さな雑居ビルが立ち並び、警察もそんなに頻繁に査察を行っていないという歌舞伎町の性質は、人びとの心に「何かあるかもしれない」という心理を生み出します。

 歌舞伎町が不透明であるというのは、単に働いている女性が外から見えないということだけではなく、社会構造の面で不透明であるということのほうが実はより重要です。例えば住宅やオフィスビルのように、物理的に外から見通すことができなくても、内部の社会構造がなんとなく分かっていれば、中にどんなものがあるかということは大体分かります。歌舞伎町の場合、物理的にも社会的にも「見えない」というところが特徴で、これは現代社会においてはかなり珍しい街だと思います。現代では、海外ですら事前にグーグルストリートビューで散歩してみることも出来ますし、豊富な情報から社会構造もある程度の予習や類推が可能だからです。

 ところが歌舞伎町は日本に住む人びとにとってすらまだまだ分からないところが残っているという意味で、レアな街なのだと言えます。そして、こうした不透明性がまさに歌舞伎町の魅力の大きな源泉でもあるところが、ぼったくりという問題の皮肉であり、興味深い点でもあるわけです。

本多カツヒロ (ライター)

最終更新:9/6(火) 11:10

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