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訴訟ではなく学会で議論を 頸がんワクチン記事 月刊誌提訴問題

Japan In-depth 9/6(火) 15:00配信

8月17日、信州大学副学長の池田修一教授が、月刊誌「Wedge」やウェブマガジン「Wedge Infinity」を発行する株式会社ウェッジ、編集人であった大江紀洋氏、さらに医師・ジャーナリストの村中璃子氏に対し

約1100万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。

問題となった記事とは、「Wedge」7月号(6月20日発売)の「子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造」、および6月23日にWebマガジン「WEDGE Infinity」で公開された「子宮頸がんワクチン研究班が捏造 厚労省、信州大は調査委設置を」という記事だ。

村中氏らの主張の詳細は、上記「Wedge」7月号の記事を読んでいただきたいが、ポイントは「実験デザインが明らかにされていない」、「特殊なマウスを使った」、「仮説にとって都合の良いデータ」を使ったことである。村中氏は、「チャンピオンデータ(注:都合の良いデータ)で議論を進めるのは紛れもない捏造である」と結論している。

池田修一教授は、厚労省研究班の班長として、3月16日のTBSの「NEWS23」で「明らかに脳に障害が起こっている。ワクチンを打った後、こういう脳障害を訴えている患者の共通した客観的所見が提示できている」とコメントしている。(注1)

これに対し、原告訴訟代理人 清水勉弁護士らによって作成された訴状によると、「原告は本件各摘示(まま)事実をいずれも行っておらず」、「塩沢教授(研究班のメンバー、信州大産婦人科)が発表用に作成したスライド(甲6)の中の1枚(甲7)をそのまま使用したもの」で、「記事の記述は明白な虚偽」としている。

さらに、研究班の班長としての責務については、「厚生労働科学研究費補助金の研究班においては、各分担研究者が独立したそれぞれの責任において研究を行い、研究成果をまとめる」ため、「主任研究者が各分担研究者の研究過程や実験計画の策定に関与したり、実験によって得られた生のデータを点検したりすることはなく」、「塩沢教授の研究を含め、各分担研究者の研究過程等に関与したものはなかった」と述べている。

村中氏は、池田教授が発表した基礎研究の方法、および結果に疑義を呈しているのに対し、池田氏は「班員がやったので、私には関係ない」と述べていることになる。

この訴訟で、どんな判決が出るか、私には分からない。法的事実認定は、時に科学的な事実認定と異なるからだ。ただ、医師・科学者の立場から言うと、池田教授の言い分は通用しない。

池田教授が発表した実験の質に疑義が呈された。村中氏の主張は、もっともだ。この場合、池田教授は実験の過程を示せばいい。誰が、どのような実験を行ったかは「実験ノート」に記録されているはずだ。チャンピオンデータだったか、どうかはすぐにわかる。

文科省が14年8月に定めた「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」によれば、「被告発者が生データや実験・観察ノート、実験試料・試薬等の不存在など、本来存在するべき基本的な要素の不足により、特定不正行為であるとの疑いを覆すに足る証拠を示せないとき」は不正と認定されることになる。

科学的には、この問題の解決は至極シンプルだ。池田教授が塩沢丹里・信州大学産科婦人科教授に実験ノートの開示を求めればいい。14年4月に不正の疑いを指摘された山中伸弥教授がやったことだ。彼は記者会見を開き、大部分のノートを保管しており、いつでも開示できることを表明した。池田教授は民事訴訟をする前に、やるべき事がある。

また、彼が班長としての責務を放棄したことも、社会常識としては通用しない。科学の世界では、研究代表者は結果責任を負う。「班員が勝手にやりました」という言い訳は通用しない。問題は、それだけではない。池田教授が、本当に何にも把握していなかったか、私は疑問を持っている。

池田氏は、以前から子宮頸がんワクチンの副作用を訴えてきた医師・研究者だ。14年には教室員である木下朋美医師らとの共著(責任著者)で、日本内科学会が発行する「Internal Medicine」誌に神経副作用に関する論文を発表している。論文の内容は副作用の可能性を示唆した穏当なものだ。

言うまでもないが、池田教授は一流の研究者だ。15-16年にかけて、20本以上の英文論文を最終著者として発表している。個人としてだけなく、教授としての指導力も高い。

では、彼の専門は何だろうか。それは神経内科だ。特に、神経のアミロイドーシスの基礎研究に関する論文が多い。「科学研究費助成事業データベース」を検索すれば、教室員が多くの科研費を獲得しているのがわかる。例えば、矢崎正英准教授は、13年~16年に「FAPにおける低分子薬剤のアミロイド線維沈着抑制機序の解明と根治治療への応用」として、総額507万円を受け取っているし、福島和広特任准教授は13年~17年に「マクロファージコロニー刺激因子受容体遺伝子異常による若年性認知症の病態解明」として、総額416万円を受け取る予定だ。

実は、池田教授が主宰する第三内科は、別名を「脳神経内科 リウマチ・膠原病内科」という。つまり、神経と自己免疫疾患の専門家の集まりだ。当然、脳組織の自己免疫反応に関するノウハウがあり、塩沢教授の研究に、問題があったとしたら、「わからなかった」とは考えにくい。

一方、塩沢教授が主宰する産科婦人科学教室は、基本的には臨床の教室だ。15~16年の塩沢教授が最終著者の論文は5報である。さらに塩沢教授の専門は婦人科の癌である。この実験を実際に担当したとされる医局員で、当時、免疫制御学講座の准教授であった林琢磨医師の専門は子宮間葉系腫瘍である。中枢神経系の自己免疫反応の基礎研究に関する経験が豊富だったとは考えにくい。村中氏の質問に答え、「自分は池田先生の研究を手伝っているだけ。僕の名前は研究費申請にも報告書にも入っていないですよ」、「他のワクチンを打ったマウスでも緑に染まりますよ(注:免疫反応が起こっていること)」と回答している。(注2)私には、納得できる内容だ。

この問題を議論する上で重要なことは、基礎研究の中味だ。当事者が正直に説明するしかない。訴訟に訴え、かつ論点をすり替えれば、真相究明は遠のく。

私が、疑問に思うのは、これだけではない。池田教授が組織した弁護団だ。筆頭は清水勉氏だ。彼は薬害エイズ訴訟で活躍し勝訴に導いた弁護士である。二番目に名を連ねる野間啓弁護士も同様だ。そのホームページをみれば、薬害エイズ、薬害C型肝炎訴訟の弁護団に加わったことが示されている。

筆者は薬害エイズ訴訟や薬害肝炎訴訟が、被害者の救済に大きな貢献をしたと思う。一国民として、彼らに感謝したい。ただ、池田教授が、医師同士、あるいは医師とメディアの論戦に薬害オンブズパーソン会議の弁護士に頼った事には違和感を抱かざるを得ない。弁護士はいくらでもいる。なぜ、あえて薬害オンブズパーソンだったのだろう。

3月16日に池田教授は、マスコミに告知の上で、公開で、厚労科研研究事業成果発表会を実施した。それをメディアが大きく報じた。そして、3月30日、「全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会」が訴訟を提起する旨、記者会見した。支援するのは、HPVワクチン薬害訴訟全国弁護団(共同代表水口真寿美氏、山西美明氏)だ。知人の厚労官僚は「連携したのでしょうか?」という。

この方法は薬害オンブズパーソンの常套手段だ。『集団訴訟実務マニュアル』(古賀克重著)という本があり、薬害集団訴訟のノウハウが紹介されている。彼らは、薬害集団訴訟を社会運動と見なしており、第八章は「マスコミ」だ。その中では「常に弁護団全体が検討し戦略的に情報提供していく必要があります」、「記者側の希望日時・時間を最優先する」、「記者が記事化する際のレジュメを作成するつもりで用意しておく」、「特定のマスコミにだけ情報を提供し、大きく記事にしてもらう場合もあります」など細かい。

私は、薬害オンブズパーソンの方々は、クライアントに忠実に職務を遂行していると思う。尊敬できるプロだ。一方で私たちもプロだ。患者に寄りそうとともに、医学的な事実に対しては真摯でなければならない。

とくにワクチン接種では、被害者を救済するとともに、正確な情報を社会に提供しなければならない。ワクチンは、必ず副作用が出るため、社会全体でメリットとデメリットを天秤にかけなければならないからだ。

果たして、池田教授の対応は、医師として妥当だったろうか。私は、そうは思わない。もし、被害者を救済するため、医学的事実をねじ曲げたとしたら、後世に大きな禍根を残す。我々は、被害者を救済するとともに、医学的事実に誠実でなければならない。池田教授が問われているのは、まさにこの点だ。

医学上の批判に対しては、訴訟でなく、医学的に冷静に反論すべきだ。いまからでも遅くない。学会で議論されてはいかがだろう。

(注1)参考 「Wedge Infinity」「子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚 利用される日本の科学報道(後篇)」

(注2)「Wedge」7月号(6月20日発売)の「子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造」内では林琢磨氏は「A氏」と記載。

上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

最終更新:9/6(火) 15:00

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。