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【劇場アニメレビュー】Keyならでは感動ストーリー&キャストの熱演に泣ける『Planetarian~星の人』レビュー

おたぽる 9/6(火) 14:00配信

 映画『Planetarian~星の人』の話をする前に、その映画化に至るまでの流れをざっと紹介しておきたい。

 本作の原作はKey/ビジュアルアーツから2004年にキネティックノベルとして発売されたPCゲーム『Planetarian~ちいさなほしのゆめ~』(後にPS2版やPSP版、携帯端末版も発売)である。

 物語の概要は、世界大戦規模の戦争によって荒廃した近未来の封印都市(静岡県浜松市がモデルとされている)を舞台に、まだ使用可能なものを探しているうちにデパートのプラネタリウムに紛れ込んだ“屑屋”と、彼を「250万人目のお客様」として迎える少女型のプラネタリウム案内ロボット“ほしのゆめみ”との交流を描いたもの。

 PC&PS2版の初回特典には、世界大戦開始前のエピソード『雪圏球(スノーグローブ)』、大戦開始直後のエピソード『エルサレム』、そしてゲーム版の後日譚たる『星の人』『チルシスとアマント』といった新書サイズの短編小説集が同梱されており、これは後にVA文庫として発売され、またそれぞれのエピソードを基にしたドラマCDも作られた。

 そして2016年7月より『Planetarian~ちいさなほしのゆめ~』を原作とする全5話の連続短編アニメーションがWebで配信され、9月3日から、それらに『星の人』のエピソードを加えて再構成された映画『Planetarian~星の人~』が公開された。

 つまり本作は、小説&ドラマCD『星の人』のストーリーを基軸に、配信アニメ全5話を総集編的に回想形式で挟み込んでいくものであり、もともと『星の人』は屑屋の晩年の姿を描いているものなので、“Planetarian”ワールドを一望する上で見る者に対して実に優しい作品となっている。

もちろん配信アニメから先に見ておけば、より詳細な世界観の妙を楽しめる仕組みにはなっているが、ゲームにも小説にも配信にも触れることなく、いきなりイチゲンサン的に本作を鑑賞しても、1本の映画として十分に堪能できるようになっている。

 大気は汚れ、空は厚く鉛色に覆われ、世界中の人口が10万人にまで減少してしまった未来社会。その中で、町から町へと渡り歩きながら、小型プラネタリウムで美しい星空を人々に見せ続けてきた“星の人”こと屑屋も老いさらばえ、まもなく命の灯も絶えようとしている。

 世界滅亡寸前の寂寥感がさりげなくも巧みに描出されていく中、若かりし日の屑屋とロボットゆめみとの交流が慎ましやかに綴られていく。
 ゆめみは人間にプログラミングされたことしか言えないし、行動もできない、完全なるロボットなのだが、良い意味で萌えキャラとして成立しており、見る側の感情移入によってあたかも彼女に感情があるかのように錯覚させるという趣向が上手い。

 そもそも『Kanon』にしろ『AIR』にしろ『CLANNAD』にしろ、これまでKeyが発表してきたゲーム作品(およびそのアニメ化)は、個人的にキャラクターデザインなど苦手な要素も多々あるのだが、いざ触れてみるとストーリーそのものの面白さに魅せられ、その虜となってしまうものばかりなのだが、本作も例外ではない。

 実際、四半世紀を超えるPC&コンシューマ・ゲームの歴史の中で、たとえ18禁であろうとも、下手な映画やドラマ、小説など顔負けの優れたストーリーをもつ作品は数多く存在しており、またその事実を広く世に伝えたのがKey作品であった。

 あくまでも少女のはかなさを重視し、それゆえの悲喜こもごもの感動をドラマの基軸とすることが多い点で、男性目線のものではあるかもしれないが、同時にそれこそがKey独自のカラーでもあり、他の追従を許さないものまである。

もっとも本作に関しては、そういった優れたストーリー性に対して画が追従している印象を否めず、画の力そのものでストーリーをさらに盛り上げようといった野心に欠けているように思えてならないのは残念なところ。作画そのものも割かし無難に仕上がってはいるが、それゆえに正直“映画”としては物足りなさを感じてしまう。

 もちろんクライマックスを含めて、滂沱の涙に襲われるほど感動的な箇所は多々あるのだが、それも冷たい見方をすると原作が良いからであって、現在と過去を錯綜させた全体の構成そのものも悪くないだけに、なおさらそれらを凌駕するほどの画の勢いがほしかった。

 とはいえ、ゲームからずっと声を担当してきたすずきけいこ(ほしのゆめみ)と小野大輔(屑屋)に関しては、もはや完璧と褒めたたえたくなるほどの成果を収めており、また今回特筆すべきは老いた屑屋“星の人”を演じる大ベテラン大木民夫(現在88歳!)の、淡々とした静かな声量の奥から伝わってくる威厳とそれゆえの説得力は、まさに人生の年輪を感じさせる素晴らしきものがあり、この声を聞くだけでも本作を見る価値は大いにあると思う(特に声優志望者。こういった“プロ”の仕事は努めて接しておくべきですよ)。

 なお、私は東京・池袋の映画館で初日に観賞したのだが、場内の8割以上は男性(でも、2割弱でも女性客がいたのは、ちょっとうれしかった)。クライマックスでは場内のあちこちからすすり泣きが聞こえてきたが、それが全然気にならなかったのは、こちらも作品世界に没入し、彼ら彼女らとシンクロできていたからであろう。
(文・増當竜也)

最終更新:9/6(火) 14:00

おたぽる