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嫌われ者の“元祖ワンダーボーイ”が明かす古巣への哀しき愛 「ずっとリバプールに戻りたかった」

Football ZONE web 9/6(火) 17:40配信

オーウェンが当時の胸中を赤裸々に告白

 “元祖ワンダーボーイ”として知られる元イングランド代表FWマイケル・オーウェン氏が、現役時代に古巣リバプールへの復帰を常に熱望していたことを明かした。英紙「リバプール・エコー」が報じている。
 
 オーウェン氏はリバプールの下部組織で育ち17歳でプロ契約を結ぶと、1997年5月にトップチームデビューを飾り、そこでいきなり初得点を奪った。そして翌97-98シーズンに主力に定着すると、18得点をマークして18歳にしてプレミアリーグ得点王を獲得。イングランドにとどまらず世界中に衝撃を与えると、翌シーズンも18ゴールを奪って2シーズン連続で得点王に輝き、“ワンダーボーイ”としてその名を轟かせた。
 
 一方、この頃から慢性的な負傷に苦しめられることになる。それでも、97-98シーズンから7季連続でチーム得点王を維持し続け、イングランド人史上でも指折りのストライカーとして輝きを放った。リバプールでは最終的にリーグ戦216試合出場118得点を記録した。
 
 そしてオーウェンは新たなチャレンジを求めて、2004年にレアル・マドリード移籍を決断する。スペインでもその得点力を随所に見せたが、負傷もあって先発の座を勝ち取れず、わずか1年で退団。ニューカッスルへと移籍すると、その後はマンチェスター・ユナイテッド、ストーク・シティでプレーし、13年に現役生活に別れを告げた。

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抱き続けたリバプール復帰への想い

 数々のクラブを渡り歩いたオーウェン氏だったが、レアルを退団した05年以降は、毎年のようにリバプールへの復帰を強く望んでいたという。

「夏が来るたびに、僕はリバプールに戻る方法を見つけ出すべく、ジェイミー・キャラガーに電話をしていた。『ラファ(・ベニテス元監督)は僕を欲しがりそうかい?』『ケニー(・ダルグリッシュ元監督)はどうだろう?』『ブレンダン(・ロジャース元監督)は? 僕に興味を持ってくれそうかい?』と、僕は聞き続けた」

 オーウェン氏は、かつての同僚を通して必死に古巣復帰の道を模索し続けた。リバプールに戻りたい。その一心だった。しかし、運命は無情にも双方を結びつけることはなかった。

「だけど、僕が万全の時はリバプールに多くのストライカーがいた。一方で、リバプールが僕に関心を示してくれた時に限って、僕は負傷していた。結局、僕はもう以前のような選手ではなかった。彼らも、僕を強く望んでくれることはなかった。僕は、充分な選手ではなかったんだよ。最終的に、ファーガソンの話を受けることになった」

歴代OBが招かれるなか声すらかからず…

 オーウェン氏は09年にニューカッスルを退団した後、宿敵ユナイテッドへ活躍の場を移すが、これがサポーターから強い反感を買うことになった。昨年行われたリバプール主催のチャリティー・マッチにも、FWフェルナンド・トーレス(現アトレチコ・マドリード)やFWルイス・スアレス(現バルセロナ)ら歴代のOBが招待され、サポーターに温かく迎えられた一方で、オーウェン氏には声すらかからなかった。

 リバプール史上最高のストライカーの一人に数えられながら、クラブの英雄として讃えられることはなくなってしまった。しかし、オーウェン氏の中では、リバプールはいつまでも愛する心のクラブとして生き続けているようだ。

フットボールゾーンウェブ編集部●文 text by Football ZONE web

最終更新:9/6(火) 17:57

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