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「弱肉強食」主義は憲法違反だ

月刊FACTA 9/7(水) 1:55配信

「弱肉強食」主義は憲法違反だ

今の心境としては、まるで憑き物が落ちたように、私は政治に関する興味がなくなってしまった。私は、29歳で米国留学から帰国し、30歳から大学の教壇に立ち、政治の法学「憲法」学の専門家として40年近く生きてきた。その基本姿勢は、「現実の政治の役に立ってこそ憲法学として意義がある」であった。それは、ハーバード大学の教授たちの生き方に倣ったもので、基本的には、人間の現実の生活の向上に資するために学問はあるという考え方で、別に特異なものではない。だから私は常に憲法論議の最前線にい続けた。

ただそれは、「自民党が仕掛けてくる憲法論議に応じないことで改憲論議を潰そう」という憲法学界主流派の方針には反していた。しかし、その結果、私以外はまともな憲法学者がいない場で改憲論議が進展し、ジャーナリスト、評論家、政治学者がそれを先導し、「美しい」日本の憲法などと、もとより法律用語ではない単語が憲法論議のキーワードになっていった。

そのような状況の中で、政府自民党が憲法上の制約があり不可能だと言ってきた海外派兵(集団的自衛権の行使)を、憲法を改正せずに解禁する……と政府自身が言い出して、久しぶりに憲法論議が盛り上がった。

■恐るべき新規参入規制

私は、その論争に参加しながら、多数派には不当に有利な現行選挙制度の下では、まず、自公に学び、野党が共闘して選挙に勝ち政権を奪取する以外にこの横暴を根絶する方法はないと確信していた。

だから、私は国政選挙の一人区における野党統一候補の擁立を主張し、野党の幹部に公開論争を挑んできた。

それに対して共産党が国民連合政府構想で応えてくれて、その発表前に連絡をもらった時には本当に嬉しかった。

次に、今年に入ってから、参院選比例区の統一名簿構想を野党各党に説得して歩いた。それはまず、各党の死票が合算されて議席を生むし、さらに「野党統一」の本気度が無党派層の共感を生み政権交代の風を招くと考えたからである。しかし、私が会った野党幹部のほとんど全ては「万年野党であってもかまわない」という前提で、「わが党の生き残り」にしか関心がなかった。だから、結局、中間無党派層を対象とした「第三の旗」を自ら立て野党のウィングを拡げる努力をしてみた。

しかし、実際に初めて選挙というものに参加してみて、知らなかった現実が多すぎた。法制度上は、10人の候補者を揃えれば確認団体として「政党」並みの活動ができるとなっている。しかし、現実には、メディアも他党もウィキペディアさえも私たちを政党扱いしてはくれなかった。完全無視であった。それが慣行で「公平」なのだとのことである。だから、私たちは「競争に参加させてもらえずに負けてしまった」ような実感を抱いている。それでいて、参加料の6千万円だけはしっかりと取られた。恐るべき新規参入規制(既得権益保護)である。

それはそれとして、多くの人々が私を支えてくれた。彼らも、私と一緒に多くを学んだ。だから、彼らは口々に「次回は上手にやって当選しましょう」と言ってくれる。しかし、私にその気はない。まず第一に、政治の「気持ち悪さ」みたいなものを知ってしまった今、私は上述のように「憑き物が落ちて」しまった。そして第二に、67歳の私にはもう残された時間は余りなく、その間にやっておきたいライフワークのような課題がいくつもある。

もちろん、今回知り合い協力してくれた、若く、優秀で、誠実で、志の高い諸君が政治にチャレンジすることは良いし、私も個人としてできる協力は惜しまない。

■「法治」ではなく「人治」国家

上述の政界と選挙の現実のいかがわしさに加えて、私を落胆させた大きな原因は、日本国民の憲法意識の低さであった。

今、安倍政権によって着々と明治憲法体制の復活が準備されている。その事を街頭宣伝で語っても、まずは無視されるか、せいぜい「憲法よりも生活(経済)と福祉だ」という反論が返ってきただけであった。

しかし、経済活動も福祉も憲法に根拠があり、現憲法(22条、25条、26条、29条)は明らかに「福祉国家」(つまり弱者に優しい社会)を指向している。しかし、今、自公政権が遂行している「新自由主義」という政策は、弱者にまで自分の事は自分で面倒を見ろ……という古典的な弱肉強食型資本主義以外の何ものでもない。だから、この政策自体が既に憲法違反である。

そして、自民党の新憲法草案は、上述の海外派兵に加えて、このような憲法違反を合憲化する(つまりもはや「違憲」とは言わせないものに変えてしまう)ことを既に4年前から公然と提案しているのである。

その政権に今回、衆議院に加えて、参議院でも3分の2以上の議席を与えた有権者の気持ちが私には理解できない。

自民党改憲草案の極め付きは、「憲法」の意味・意義・役割を変更しようとしている点である。

「憲法」とは、主権者国民から一時的に国家権力という大権を預かる政治家以下の権力担当者たちがその権力を乱用しないように、主権者国民の最高意思として権力者を縛るものである。これが世界の常識で、現行憲法の99条にもそのように明記されている。

ところが、自民党の草案102条は、まず1項で、「全国民」に憲法を「尊重」する義務を課し、次いで2項で、権力担当者に憲法を「擁護」する義務を課している。これは、一見して分かり難いが、要するに、憲法の「有権解釈権」を有する政府が、まず憲法の意味を確定し、その上でそれを一般国民が守っているかを監視するということである。つまり、これまでは権力者による権力乱用から憲法によって守られてきた私たち一般国民が、今後は、憲法を使って権力者に管理される立場に置かれることになる。

これは、国民主権国家における主客転倒であり、権力者側からのクーデターにも等しい。

今後、国会の過半数を握った世襲貴族のような特定集団は、自分たちに都合の良い法律を自由に作れることになる。これではもはや「法治国家」ではなく「人治国家」であろう。

本当にそれで良いのか?

ファクタ出版

最終更新:9/7(水) 1:55

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