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「夢」というキレイな言葉で語るときに、抜け落ちてしまう何か 『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』 (松尾スズキ 著)

本の話WEB 9/7(水) 12:00配信

忙しくても1分で名著に出会える『1分書評』をお届けします。
今日は俵万智さん。

 地方に住むようになって早10年。演劇を観る機会は少なくなったが、それでも気になる舞台には、できるだけ足を運んでいる。東京にいたころ(いくらでも観られたころ)は、俳優で演目を選んでいたけれど、今は演出家で決めることが多い。

 松尾スズキは「飛行機に乗ってでも観に行くべしリスト」に載っている。今回の『ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン』も、期待を裏切らない、いやほんとうに万難を排して観にいってよかったと、心から思える舞台だった。

 上演は、残念ながら8月13日で終わってしまったが、見逃した人には「戯曲を読む」という手がある。戯曲だけでは伝わりにくい演劇も多いが、今回に限って言えば、戯曲だけでも相当おもしろい。

 もちろん舞台を観た人には、あの斬新にして華麗な邦楽や俳優陣の姿(阿部サダヲ、寺島しのぶ、岡田将生…)を、脳内再生しながら味わうという至福の時間が約束される。

 内戦に揺れるジャワンガスタンという国で、人質となったライター「ヤギ」を、助けるべく入国した永野。彼はベストセラー作家であり、妻ミツコは元女優で、復帰を狙っている。永野には、ヤギとのあいだに人に言えない過去があった。その舞台となるのが、少年に売春をさせている「クラブ・コナジュース」だ。

 囲われる美少年たちが抱く希望と絶望、ミツコの野望から見えてくる芸能界のあれこれ、永野を翻弄するジャワンガスタンのクセのありすぎる人たち‥…。これでもかというほど笑わせられながら、気がつけば社会や人生について考えていた。

 家畜のように飼われていることは、自由ではない。けれど柵を越えていけば、命の危険がある。自由と平和が、両立しない世界で、人はどう折り合いをつけていくのか。ゴーゴーボーイズの踊りは透明だという言葉の意味が、余韻を持って迫ってくる。

 人を動かすエネルギーとしての「欲」というキーワードが印象深い。「夢」というキレイな言葉で語るときに、抜け落ちてしまう何か。その受け皿として「欲」という言葉が、こんなにもハマるなんて。

 猥雑で鮮やか。構造が堅牢なので、戯曲としての読みごたえ充分だ。もう一度観たいという「夢」ではなく「欲」を感じさせる舞台に出会った。

俵 万智(たわら・まち)

1962年、大阪府門真市生まれ。早稲田大学文学部卒。1986年、『八月の朝』で角川短歌賞受賞。1988年、『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞。2004年、評論『愛する源氏物語』で紫式部文学賞を受賞。2006年、『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞。その他の歌集に『オレがマリオ』、エッセイ集に『旅の人、島の人』など。

文:俵 万智

最終更新:9/7(水) 12:00

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