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人材マッチングを実現するために「対話と奉仕」を掲げ、 地域密着型の人材サービスを提供する/垣内 康晴さん(株式会社アルバイトタイムス 代表取締役社長)(前編)<HR業界TOPインタビュー>

日本の人事部 9/7(水) 7:30配信

株式会社アルバイトタイムスは1973年、静岡市で求人情報誌の発行を主業務として設立されました。以来、無料求人情報誌『DOMO(ドーモ)』や求人情報サイト『DOMO NET(ドーモネット)』など、求人情報サービスを一貫して提供しています。さらに近年は、求人情報サービスから販促支援サービスやペット情報サービス事業などにいたるまで、多様な事業を展開しています。共通しているキーワードは「地域密着」。創業以来、「対話と奉仕」を経営理念に掲げ、地域社会や地域生活者が元気になる、魅力ある情報やサービスを提供しています。近年の求人市場に目を向けると、労働力人口の減少もあり、多くの企業で人材確保が大きな課題となっています。このような状況下、同社はどのような事業展開を行っているのでしょうか。また今後、求人情報業界はどのように対応していけばいいのでしょうか。垣内康晴社長に詳しいお話を伺いました。

新卒で入社、事業の進展に合わせて会社の「組織固め」に奔走

―― 最初に、垣内さんのこれまでのキャリアについてお聞かせください。

1986年、新卒で当社に入社しました。当社が新卒採用を始めて5年目で同期は3名。最初の5年間は求人広告の仕事を担当しました。入社したのは「男女雇用機会均等法」が施行された年。それまでとは広告表現の仕方が大きく変わり、顧客へのご案内やご理解をいただくことに非常に苦労したことを今でも覚えています。また、80年代後半は日本経済が大きく伸びていた時期で、当社もその時流の中で「若くてやる気のある会社」としてDOMOのイメージが好感をいただき始めた頃でした。

創業者は絶えず新しいことに挑む方で、「変化することが何よりの前進、ポジションが人を育てる」とおっしゃっていて、私は新卒でありながらも多くのチャレンジの機会と学びの場をいただくことができました。また現在は多方面で活躍しているユニークな先輩たちが参画し始めた頃で、先輩たちと一緒に、初めての顧客管理システムの導入、地元での冠イベントやツアー実施による読者交流などを担当しました。内勤の営業部隊(電話受付部隊)や増員していた代理店向け部隊など、新しい組織を作る仕事にも携わることができました。営業で接する方々とは異なり、システム会社、代理店、イベント会社、読者などの方々とかかわる機会が多かったように思います。

1990年当時、世の中は人手不足の時代。当社は、前年の派遣子会社に続き、総合的に広告を扱う子会社を作り、私はその責任者として出向することになりました。ここでは、求人広告のほか、テレビ・ラジオやイベント、チラシや印刷物などを絡めて、クライアント企業の採用PRをすることが大きなミッションで、この仕事を6年担当しました。しかし、バブル経済が崩壊、仕事が全く立ちいかなくなりました。結局、アルバイトタイムスへ営業課長に降格して戻ることになりました。

子会社では、休日などでも仕事優先で自分を頼りに全力で取り組み、大惨敗しました。しかし、アルバイトタイムス本体は、各人の役割が明確で、組織化されていたため、新卒をはじめ若い営業メンバーが生き生きと頑張って良い仕事をしており、私も部下支援やサポートに徹することでどんどん業績が上がっていく経験をしました。

その後、上場を目指す組織体制の中で、私は人事・法務・経理部門に異動。当社は、2002年にジャスダック市場に株式を上場しました。このころは、雇用の流動化と情報の無料化が進み、当社の主力商品である「フリーペーパー」は、大きな市場である首都圏や関西圏ではカラー化や部数消化の良い駅への設置の入札などコスト投下による体力勝負になっていました。またPCユーザーがどんどん増え、WEBサービスへのメディアシフトが加速し、サービス競争に向けた大幅な開発投資が膨らんでいった頃です。

そして2004年、私は取締役管理本部長になり、管理系の総責任者になります。そして2007年、私が43歳の時、代表取締役社長に就任しました。現在、10年目を迎えたところです。

―― 垣内さんの場合、かなり異色のキャリアですね。人材サービス会社のトップの方は、営業の第一線で働き続けてきた人が多いように思いますが。

そうですね、確かに業界トップの方は伝説の営業マンが多いですね(笑)。私自身のキャリアを振り返ってみると、DOMO事業を管理・サポートするスタッフ系の仕事が多かったと思います。


ただ、自分としては、社外の人たちと接する機会が非常に多くありました。ですから、物事を判断する時に、社内の理屈で考えるのではなく、外部の基準を参考にしました。幸い、多様な業界や世代の方々と多く出会うことができ、社長になった現在もさまざまな形で関係性を保っています。自ら不足していることを客観的に受け入れ、自らも含めたチームや組織としてどうあるべきかという視点ができたことは、今になって思うと良かったと思っています。

―― 社長に就任された時に意識されたのは、外に出てさまざまな人と会うことだったわけですね。

2008年にはリーマンショックが起きるわけですが、私が社長になった、前年の2007年は、マーケットの雰囲気が重苦しくなり始めた時期で、求人メディアのあり方も変わりつつあった時期だと言えます。

また私が社長に就任して最初に行ったのは、外に向けて大きなメッセージを出すというより、社内に向けて、当社が今後どういう方向に進んでいくのかというメッセージを発し、事業コンセプトのベクトル合わせを行い、経営戦略の組み直しをすることでした。

こういう就任時の状況もあって、就任直後は特に同業の先輩経営者に学びたく、全国各地へ押し掛けさせていただきました。加盟している公益社団法人全国求人情報協会(以下、全国求人情報協会)の会員社、協会に加盟していない大手企業や著名企業、当時増え始めた上場している人材サービス会社などの経営トップの方々から丁寧にその経営観や事業観、モノの見方や経験談など教えていただき、自分の視野や選択肢を広げることができました。人材サービス業界の経営トップは、市場では競争相手ですが、大所高所に立ちお話しいただけたので、とても嬉しかったです。

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最終更新:9/7(水) 7:30

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