ここから本文です

君島十和子さんが姑から受け継いだ「働く女性への理解と尊敬、愛情」という財産

OurAge 9/7(水) 12:00配信

お嫁入りしてから20年が経ちました、と語るのは君島十和子さん。

「義母はいまだに『十和子さんが苦労人でよかったわ』と、口癖のように言います。 そんなに苦労人だとアピールした覚えはないんですけれど(笑)」

義母は働く女性に何より理解と尊敬と愛情のある人で、十和子さんが夫と化粧品ブランドを立ち上げ、その代表としてつたないながらもここまでやってこられたのは、「その思いに支えられたからこそ」だと語る。

「入籍直後、私にはまだ女優として『明治座』での最後の仕事が残っていました。実は当時、千秋楽まで毎日、義母に舞台で使った足袋や肌着まで洗ってもらい、手作りのお弁当を渡され、劇場に送り出してもらっていたのです。『あなたのお母さまが今までそうして、あなたを毎日仕事に送り出していたのだから、私もやるわ』とそれを実行してくれたのです」

自身もオートクチュールのサロンを持ち、目の回るような忙しさの中なのに、義理の娘の肌着を洗いお弁当を持たせ「さあ、行ってらっしゃい!今日もしっかりね!」と、仕事場に送り出してくれたという。

「私はそれを一生のご恩だと思っているのです。義母は自分にも他人にも厳しいけれど、意地悪な人ではありません。『ダメなものはダメ』と、正直に言うだけです。

もしもなんでダメなのかときいたら『なぜなら…』と、いつだって理路整然。だから私は義母の言動に戸惑ったり迷ったりすることは、ありませんでした」

夫である君島誉幸さんは、そんな義母と十和子さんが似ていると言っているのだそうだ。
「『だってふたりとも基本、中身はおっさんだから』だって。失敬な(笑)! でも思い当たるかも…」

最終更新:9/7(水) 12:00

OurAge

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。