ここから本文です

痛恨のオーバーGは「パイロットの問題」 室屋義秀の年間表彰台に暗雲

webスポルティーバ 9/7(水) 11:22配信

 晴れのち曇り、一時雨 ――。

 レッドブルエアレース・ワールドチャンピオンシップ第6戦に臨んだ室屋義秀の感情を天気で表せば、そんなところになるだろうか。

【写真】千葉・幕張海浜公園で開かれた第3戦で初優勝を果たした室屋。記者会見では涙も

 あたかも、レースが行われたドイツ・ラウジッツの空模様と呼吸を合わせるかのように、室屋の気持ちも大きな移ろいを見せていた。

 予選が行なわれた9月3日、ラウジッツは好天に恵まれた。照りつける日差しは強く、日なたに出ていると、たちまち肌が焼け焦げてしまいそうなほどだった。

 そして、室屋もまた、この日の太陽のごとく、まぶしい光を放っていた。

 予選1本目、室屋は54秒700のタイムで、その時点での3位につけた。この日は午後になって風が強くなったことで、パイロンヒットやインコレクトレベルのペナルティが続出するなか、室屋は手堅いフライトでまとめてもなお、3位となるタイムを出すことができていた。

 予選1本目で最低限の順位を確保した室屋は、2本目のフライトでは「トップのナイジェル(・ラム)がすごいタイムを出していたので、普通に飛んだのでは追いつかないと思い、目一杯攻めた」。

 結果、室屋の2本目はオーバーGを取られてDNF(フィニッシュせず)に終わったものの、予選順位は4位(翌日になり、3位のマルティン・ソンカのエンジンに規則違反が見つかり、室屋は3位に繰り上がった)。「予選としてはよかったのではないか。オーバーGも、リミットでどこまで行けるか試したことなので、オーケーだと思う」と笑顔で語る様子には、少なからず満足感が漂っていた。

 前回の第5戦(アスコット)で8位に終わったことで、年間ポイントランキングは6位に後退したことについても、「そんなに状況が厳しくなったとは感じていない」と室屋。目標である「年間総合で3位以内」の実現に向け、「1位はマティアス(・ドルダラー)で堅い感じになっているが、2、3位はまだ十分届く」と自信をうかがわせていた。

 ところが翌日、室屋の表情も、ラウジッツの天気も、前日までさわやかに晴れ渡っていたのが嘘のように暗転していく。

 本選レースが行なわれた9月4日、ラウジッツの上空は、低く垂れこめた暗い曇に覆われた。昼ごろまでは泣き出すことなく、どうにか持ちこたえていた空も、ラウンド・オブ・14の開始時間を迎えるころには、本格的に雨を降らし始めた。

 結局、1時間以上の順延の後、ラウンド・オブ・14が開始されたものの、室屋は再びオーバーGでDNF。予選12位のニコラス・イワノフにあっけなく敗れた。

 前日まで、あれほど安定したフライトを見せ、余裕しゃくしゃくと言ってもいいほど落ち着いてレースに臨んでいたはずの室屋に、いったい何が起きたのだろうか。

 先に飛んだイワノフは、インコレクトレベルのペナルティでプラス2秒が加算されており、室屋にとってイワノフのタイムを超えることは、それほど難しいことではなかった。リスクを負って攻める必要があったはずはない。

1/2ページ

最終更新:9/7(水) 11:22

webスポルティーバ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
11月10日発売

定価 本体1,389円+税

フィギュアスケート特集
『羽生結弦 未来を創る人』
■羽生結弦 インタビュー、エッセイ
■羽生結弦 フォトギャラリー

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。