ここから本文です

大連のランドマーク的存在はなぜ市民不在のまま密かに撤去されたのか?

HARBOR BUSINESS Online 9/7(水) 9:10配信

 8月5日を迎えたばかりの深夜0時半ごろ、中国は大連のランドマークでもあった1本の塔が切り倒された。中国大連の夏の恒例イベント「国際ビール祭り」が4日閉会したその日の夜だった。ビール祭りで並んでいたテントなどを撤去するためにアジア最大規模を誇る楕円形の星海広場にはぐるっと規制線が敷かれ広場内へ入場できなくなっていた。

「やはりこの国は市民の意向が無視される」

 大連出身の飲食店経営者の男性はやり切れない口調でつぶやいた。

 ひっそりと姿を消した塔は、「漢白玉華表」という龍が装飾された白色塔だ。元々華表とは、皇帝を守護するために対で建立された守護塔で、北京の天安門前にも明(1368年~1644年)の時代に建てられた塔がその姿を留めている。

 大連の華表は、大連市の市政100年と香港返還に合わせて1997年6月に完成した中国らしく数字にこだわり高さ19.97m、直径1.997mで、広場中央に建てられた。広場は上空から見ると星柄に見えるようにデザインされており、星海という地名は、戦前日本時代に南満州鉄道株式会社が心血を注いだリゾート地「星ヶ浦」に由来している。

 香港返還という中国長年の祈願に合わせたとはいえ、特別な意味を持つ華表を1地方都市である大連に中華人民共和国建国後、初めて建てた。これは大きな意味があったのではないだろうか(ちなみに北京の華表は9.57m)。華表は大連の一般庶民にとっては政治的な意味は持たなかったが北京より大きいということに誇りを感じ、大連を代表する建築物だった。

◆中央政界で失脚した元市長に由来

 姿を消した華表を建てたのは薄煕来元大連市長だ。薄煕来氏は、中央政界進出後に権力闘争に敗れ失脚、2013年に在任中の横領や職権乱用の罪で無期懲役が確定している。

 薄煕来氏は1993年から大連市長、99年からは大連市党委員会書記(市長より上級職)、2001年から04年までは遼寧省長を歴任した。薄煕来氏が在任中に華表を始め今も残る巨大モニュメントなどを数多く作っている。それらが薄煕来氏の権力のシンボルであり、中央政権への野心だったと言われる。薄煕来氏失脚後、大連で氏と関係が深かった企業や組織は壊滅的なダメージを与えられ大連の経済自体も弱体化し、大連の景気は一気に冷え込む自体を招いた。

 薄煕来氏のシンボル的な存在が撤去されたのは、2015年に新しく就任した肖盛峰市長の出身母体が習近平国家主席など政権主流の太子党とは異なり、共青団(共産党青年団)だったこともあり、立場的にも弱く中央政府の意向に従い撤去したと大連の中国人経営者の中では話題になっている。

 それにしてもまったくの秘密裏で撤去が行われるなどいくら一党独裁の中国でも強引だろうという印象があるが、その理由として、薄煕来時代を懐かしむ大連人が少なくない現実も関係している。

「(薄煕来時代の)90年代の大連はとてもきれいな活気ある住みやすい街で、大連が誇らしく輝いているなと感じる時代でした」という大連出身者の声を耳にする。

 事実、薄煕来時代は、都市緑化率が中国1位となったり、将来を見越して都市部への二輪車乗り入れを禁止したり、自動車の排ガス規制を日本並みに厳しくしたり、大前研一氏の協力を仰ぎソフトウェア産業の集積基地(大連ソフトウェアパーク)を計画し、2000社近い日本企業の誘致に成功、日本語人材が大量に集まるようになり、大連は中国を代表する日本のオフショア(アウトソーシング)産業拠点として21世紀に花開き多くの雇用を生み出している。

◆習近平体制内での権力闘争か?

 今回の華表撤去について大連の主要メディアは大きく伝えておらず、反対デモなども起こっていないが、SNS上では政治的な内容に触れないように気を使っていることを伺わせつつも撤去を惜しむ書き込みが多く見られた。

 メディアでは中国国外で展開する法輪功グループ『大紀元』系列のメディアが大きく報じているくらいだ。大紀元が盛んに報じるのは、法輪功を全面禁止した江沢民元国家主席と薄煕来氏が同じ太子党で親交があったため敵討ちとばかりに大々的な薄煕来批判を繰り返している。

「華表の撤去自体は大連のビジネスや観光にはまったく影響はありません。(薄煕来時代に作られた)友好広場の巨大真珠を見ても薄さんを象徴していると思う大連の人はいないでしょう。薄さんを思い出すことはあっても今さら支持する人はいませんよ。時代は変わっていますから。ですが、市民不在な感じが寂しいですね。中国の政治はまだまだ社会主義なんだと改めて思います」(大連出身のソフトウェアエンジニア・男性)

 強制撤去が実施された時期が、中国共産党の最高指導部と引退した長老らが会議をする北戴河会議の時期だったことから権力誇示のために利用された感もあり、何やら習近平体制内での権力闘争が激しさを増している兆しなのかもしれない。

参照:大連市政府公式サイト

<取材・文・撮影/我妻伊都(Twitter ID :@ito_wagatsuma>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:9/7(水) 9:10

HARBOR BUSINESS Online

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。