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築地移転までわずか。仲買人たちは何を思うのか

HARBOR BUSINESS Online 9/7(水) 9:10配信

◆築地は魚食いの国ならではの市場システム

 築地市場は、首都圏一円に都内1万店超の飲食店に魚をはじめとする食材を提供する「東京の台所」。その築地が全面移転を延期したのはご存知の通りだ。場内の店はすでに移転準備を進めていたが、この事態に右往左往。二月までに移転の是非を決めると小池知事は言うが直前の変更による混乱は避けられない。「場内」と呼ばれるマグロの競りで有名な築地公設市場の移転は決まっているが、「場外」と呼ばれる商店街は移転対象外。そのため以前からあった「移転により独特の文化や築地の良さが失われる」という声が高まってきた。場内だけを移転させることで築地の良さが分散してしまうというのだ。

 そこで市場の仕組みを支え、日本の魚食文化を支え続けてきた“築地仲買人”に話を聞くことにした。

◆「新鮮な魚を食べたい」という日本特有のニーズが生んだ仕事

 仲買人とは、仲卸業を営む人間を指す。仲卸業(仲買)とは、産地から届く品物を集める大卸と、小売業者や飲食店などの間に入り、魚を分配して販売する仕事のことだ。築地で仲卸を行うには、東京都の許可がいる。都ではすでに“仲買人”という言葉を採用していないが、80年もの歴史を持つ築地市場の現場で働く人間たちの間では今も使われている言葉だ。

「俺は築地の隣の佃の生まれでね。魚河岸を見て育ってきたんだけど、自分も仲買人になるとは想像してなかったよね。俺が入った時代には『河岸には染まるな』って言われてた。今では違うけど昔は築地は外の世界と常識が違ってたね」

 そう語るのは、築地で仲卸業30年の仲買人、松崎徹さんだ。松崎さんは老舗の仲卸会社、大正12年創業の「株式会社濱長」にて営業部長を務める。

 濱長は、先代が内湾特種物連合会会長として江戸前の新たな定義を引き直したという仲卸の老舗。先見の明に長け、いまでは当たり前のように食べている生ホタテがまだ珍しかった時代に北海道から空輸を行い寿司種に取り入れたという、いわば現在の寿司の原形を作った功労者でもある。

 築地までの卸の仕組みは通常取れた魚を生産者から産地市場や漁連で買い上げ、産地の仲卸を通じて消費地である築地に届ける。そこで魚は大卸から仲卸に分配され飲食店に買われていく。捕れたばかりの魚が翌日には築地に並ぶ世界でも画期的な仕組みは「新鮮な魚を生のまま食べたい」という日本特有のニーズから生みだされた。ではその仕組みの中で仲買人はどうやって働いているのだろうか。

◆仲買人の勤勉な生活ぶり

 仲買人は現在では個人商店よりも仲卸会社に所属するサラリーマンが多い。築地では各組合による仲買人の労働環境の改善を進めたため、築地市場ならではの社会保険制度も完備している。個人的には、仲買人は一匹狼で行動し、朝に魚を卸して稼いで夜には一杯やっているイメージを持っていたがそうではないようだ。では、実際の仲買人はどんな毎日を送っているのか?

「仲買人の一日は長いよ。午前1時に起床し、午前2時半頃に事務所に出社。注文を集計して出荷数を把握して4時頃に店に出る。6時前からは直接買いに来るお客さんの対応。お昼までには片付けて弁当を食べ、午後1時ごろ事務所に戻り伝票や売上整理。翌日の仕入れ状況を確認し、会社を出る頃には午後3時になっている。年末はへたすれば夜7時になることもある」

 朝の3時4時に競りが始まるのは市場では当たり前。もちろん個人によって生活に多少の差はあるが、一年で一番売上の高い年末に仲買人が忙しいのは間違いない。我々が年末年始に忘年会や新年会に奔走し、クリスマスだ、正月だと騒いでいる分だけ築地は忙しくなる。築地は庶民の楽しい時間を日々裏側で支える大切な存在なのだ。

 世界でも築地市場の「築地」ブランドは名高い。水産物、青果物などの食材を各飲食店や生鮮店に提供しているが、特に水産物は世界最大級の取り扱い規模を誇り、全国や世界中から約480種の鮮魚や活魚、貝類、水産加工品が揃う。値段にすると、水産物だけで年に約4350億2千3百万円もの取り扱いになる(平成26年実績)。フランスのランジス、スペインのバルセロナなど有名市場もあるが、取扱高は築地の足元に及ばない。近年は中国など近隣国での需要も増え、ますますブランドは上がるばかりだ。

 それに伴い築地では若手の人材不足を補うため休日や労働環境などの改善を行ってきた。ふつうの会社と同じ労働環境が整備されたという。20年前は休みが日曜しかなかったが、今では月に何回か水曜も休市になる。

「昔は肩が触れた触れないで喧嘩になったりもした。マグロ包丁を振り回して喧嘩する猛者もいたよ。今は暴力沙汰があると店が営業停止になってしまうので喧嘩はなくなったし、大人しくなったね。休みも増えたし保険も組合もちゃんとある。ここ20年で若い人が働きやすいように変わったね」

◆「魚は既成品じゃない」

 築地の全体を見ると、魚介類の仲卸が大きく変わった理由は飲食店側のニーズの変化が大きい。

「時代の流れだね。今の仲卸はなんでもやる。昔は河岸に来て『魚を下してくれ』とかいったら『町の魚屋に行ってくれ』って断られた。20年前は丸の魚をそのまま納品していたけど、今は魚をいろいろ加工しないと買ってもらえない。切り身になった下ろした魚を欲しがる調理人が増えた。今も昔も鰤は人気だけど、今は頭と骨をとって三枚におろしてフィレにして納品する。うちも加工場を作ったし、加工する店も増えたね」

 景気のいい時には何でも売れたが、景気が悪くなって調理場で人件費も時間もかけられなくなった。それどころか魚を捌けない職人(調理人)も珍しくない。

「色がちょっと違うとか形が違うとかいってくることもある。魚は既製品じゃないってわかんないんだよね。職人でも買い出しに来る人は少ないし、丸の魚を見ないからそう言い出したりする」

 わざわざ河岸に魚を見に買い出しに来る職人は少数派。当然、職人と仲買人が顔を突き合わせる機会が減っていく。

「昔はみんな職人が店に来て魚を見て、帳場に口頭で注文を通してた。バブル時代とか忙しい時には、帳場の子ひとりに三人くらい一度に買出人が注文を言う。一度にみんなが言うから帳簿の付け落ちもあったと思うけど、景気のいい時代には細けえことを誰も気にしちゃいねぇ。イケイケどんどんだった」

 今は注文も電話やファックスが注文の中心。インターネットを使って注文を受ける店もある。便利になったが職人と直接顔を合さない分、それだけ無理が効かなくなったそうだ。

「昔は市場の休み前に『残った魚を二束三文でいいからで引き取ってくれ』っていう“ブン投げ”があった。職人も『しょうがねぇなぁ』って買ってくれた。その代わり別の時にはこっちが職人の無理を聞く。持ちつ持たれつだった。今はいくら安くても『いらない』って、絶対に買わなくなったね」

 世知辛い世の中になったという感触は、ここ築地にも押し寄せていた。次回は、築地が築き上げてきた江戸前文化の行方について掘り下げていく。

<取材・文/樫原叔子 写真/kontasan>

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:9/7(水) 9:10

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