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ギリシャの『国境なき医師団』で聞く、「今、ここで起きていること」

ニューズウィーク日本版 9/7(水) 17:05配信

<「国境なき医師団」(MSF)の取材をはじめた いとうせいこうさんは、まずハイチを訪ね、今度はギリシャの難民キャンプで活動するMSFをおとずれた。そして、ギリシャの現状についてのブリーフィングが始まった...>

これまでの記事:「いとうせいこう、『国境なき医師団』を見に行く 」

世界の難問についてブリーフィングが始まる

 俺はカタール航空ドーハ発羽田行きQR813で帰国している。

 その十時間の間、自分がほんの数日間ギリシャを取材した模様を思い出している。

 初夏のアテネ市内で俺はMSFギリシャのオフィスを訪ねており、事務局長マリエッタ・プロヴォポロウさんの部屋で彼女から直接、"今、ギリシャで何が起きているのか"のブリーフィングを受けているのだった。滞在初日のことだ。

 マリエッタさんは豊かな黒髪をかきあげながら、俺たちの目をじっと見た。そしてしゃべり続けながら立上って部屋に貼ってあるギリシャの地図のそばに行っては、自分が話しているのがどの場所のデータであるかを示した。

 ギリシャの北、マケドニアとの国境イドメニは象徴的な場所だった。なぜなら難民になってしまった人々はギリシャに流れ着くと、そのイドメニを関所のようにしてマケドニア、セルビア、クロアチアなどバルカン半島のかつての紛争地帯を通り、ドイツやオーストリア、スウェーデンなど自分たちを受け入れてくれる国へと向かうからだ。

 だがしかし、前回も書いたように「EUートルコ協定」によって、このイドメニ国境が閉鎖されてしまった。天国への門が閉まったようなものだった。難民たちには行き場がなくなった。

前回の記事:「いとうせいこう、ギリシャの「国境なき医師団」を訪ねる.1」

 実は前回くわしく書かなかったことがある。「EUートルコ協定」では、一対一の枠組みが作られた。不法入国者が一人トルコへ送還されると、他の正式な手続きをした難民が一人、EUに送られる。だがしかし、ここに絶対的な不平等がある。

EUに渡れるのは、シリア難民だけなのだ。

 ここに俺たち東洋人の、遠い場所でのトラブルへの思い違いがある。それを俺自身、マリエッタさんから教わった。

 難民はアフガニスタンからも来る。
 アフリカ諸国からも来る。
 イラクからもやって来る。

 世界は紛争だらけで、経済的な難民以外に、自国が住んでいられない危険に侵食されてしまった人々がいる。

 彼らは町を、住まいを破壊され、漂流するしかなくなる。

 だが、どこに行けばいいというのか。
 
 そこにドイツなどが手を差し伸べる(俺が帰国してからすぐ、メルケル首相の支持率が急落したというニュースが日本にも流れた。受け入れた難民によるテロが原因だと解説されていたが、それもひとつの情報操作によるだろうと思う。もしドイツが難民を受け入れなければ、彼ら国を出た者たちは一体どこでどう生きればいいというのか。ドイツの寛容を一方的に非難して誰が得をするのだろう。難民をほとんど受け入れずにトランプ共和党大統領候補に誉められているような日本か? いや、俺は帰りの飛行機の中にいるのだった。帰国後のニュースはまだ知りはしない)。

 したがって難民になってしまった人々は北を目指す。にもかかわらず、そこで「EUートルコ協定」が締結されてしまう。

 一対一というあたかも非合法と合法の正当な人身交換のごとき枠組みで。



 実際は一対一などではないと俺は思う。あえて言えば、あらゆる国の難民たちがシリア難民に権利を譲らされるのに近い状況なのだ。世界政治の複雑怪奇さが生み出した、これは非情な数学なのに違いない。

 シリアの中でアサド政権と反政府勢力が戦い、ISが勢力拡大を狙い、政権側のバックにロシアがいて、反政府軍はアメリカに支援を受ける。かの国の中の政治状況は泥沼化の一途をたどっている。シリアだけで1000万人以上の難民・避難民という現実から、その危機がいかに大きいかわかる。
 そこに、まずEUは援助をする。

 けれど、難民はアフガニスタンからも来るのだ。
 アフリカ諸国からも来る。
 イラクからもやって来る。

 彼らは見捨てられ、日々増加し続けている。
(@MSF_sea←例えばこのツイッターアカウントをのぞいてみて欲しい。今日どんなゴムボートが救助されたか、沈んでしまったかが日々報告されているから)

「イドメニに今は3000人」

 マリエッタさんは黒く大きな瞳をこちらに向けて言った。左手の指先はマケドニア国境を差していた。

 「それから市内のエリニコ、ここは昔空港だった敷地ですが、そこに1000人。他にも市内には700人。テルモピレス難民キャンプに200人」

 示される場所は次々変わった。全土あちこちへと指は動いた。様々なギリシャの地名を俺はおかげで知った。

 「あなたがたが取材する予定の市内のピレウス港にもまだ1300人が残っています。なにしろ私たちのギリシャ全体の約50のキャンプに5万5千を超える難民の方々がいるんですから」

 MSFはそのうち、アテネ市内、イドメニ、レスボスやサモスなどのエーゲ海の島々で医療を提供し、他の援助団体との連携の中で多くの救護活動をしていた。

 あたかもひとつの国の中で静かな戦争が起こっており、見えない怪我や死を迎える他者が少しずつ固まって収容所が出来ているかのようだった。経済破綻で強いイメージを作ってしまったギリシャは、同時にそうした不可視の内紛がモザイク状に展開する国と化していた。



 それは同時に、ギリシャが見えない争いに抵抗し、人道のためにあらゆる善意を注ぐ場所になっていることの証拠でもあった。例えばマリエッタさんがその見える形だった。

 「とはいえ、移民・難民問題はずっと昔からありました」

 自分のデスクに戻ってきたマリエッタさんは言った。

 「ギリシャは地理的にヨーロッパの入り口ですから、中東からアフリカからトルコから逃れたり移住したりする人たちは常にいて、私たちはそれに対応していたわけです。ところが爆発的に増加してしまったのが昨年で、数十万の単位になった。シリア紛争が大きな原因です」

 なんと1994年からの20年で、移民・難民の総数は100万を超えるとも言われている。そのほとんどがつまり去年2015年の難民ラッシュで国外に逃れ出た人々だ。

 髪を振り立てて、と確か前回も俺はカタール航空の機内でこの時のことを思い出した。今は高度も安定したらしい飛行機の中、俺は自分が取ったメモを見て、マリエッタさんの様子を目に浮かべている。

 あの時マリエッタさんは、俺と広報の谷口さんの両方を交互に見て、眉を少し寄せ、感情たっぷりに頭を左右に振って失望し、両手を振って自分をふるい立たせた。

 問題は難民が移動して住む場所がないというだけではなかったのだった。

「移動の間に、あらゆる暴力があります。レイプがあります。強奪があります。病気や怪我にさいなまれます。それでも彼らは安住の地を求めて動き続けるしかありません」

 彼らの地獄のような歩行、航海を想像しながら、俺は黙ってメモをとったものだ。

 「しかし彼らは自分たちが非合法だと思っているから、誰を非難することもない。訴えることも出来ない。ただただ耐え忍んでいます。そしてひたすら、自分たちを通してくれと言うだけです。しかし、人道に非合法か合法などという区別はありません」

 マリエッタさんはそうでしょう?と無言で俺たちに問うた。もちろん俺たちはうなずいた。

 すると、マリエッタさんはあらゆる世界の矛盾に鉄槌を下すかのように言った。

「生きるために紛争を逃れてきた身に、非合法なんてことはあり得ません」

 まったくその通りだった。アテネのビルの中で、俺は人道主義の核心を民主主義の発祥地ギリシャの女性から投げかけられていた。

 dignity、とマリエッタさんは付け加えた。

 尊厳。

 「彼ら難民の方々には、他の誰とも同じように尊厳があります」

 この言葉は日本ではいかにも浮いて聞こえるようになってしまった。だが、少なくともMSFギリシャ事務局長マリエッタ・プロヴォポロウが言う『尊厳』は本来的な重みを持つ言葉だった。なぜかに関しては、いずれ書くことになるだろう。今はマリエッタさんの止まることのない主張に耳を貸していなければならない。



 「だから我々は政治がどうであるかに関わらず支援をします。EUが知らないふりをしていても、現実に対応するべきだからです。私たちは医療や心理のケアを提供し、毛布を運び、食べ物を送り、シャワーを用意し、トイレを設置し、同時にEUの大使たちにどう働きかけて状況を好転させるか試行錯誤しているところです」

 と、ここで今度はマリエッタさんの表情が曇った。とても感情がわかりやすい人だった。不屈がベースだが、その上で動く気持ちを隠すことのない女性であった。

 対岸トルコからゴムボートで来る難民のことを、マリエッタさんは話し出した。

 彼らは密航業者に大金を払ってゴムボートに乗るが、操作を教えられずに海へ押し出されてしまう。エンジンが壊れていたり、油が入っていないことなどざらだ。それでも彼らはヨーロッパにたどり着きたくて必死になる。

 船は風や乗員オーバーで容易に転覆する。または穴が空いて沈む。

 難民たちはあらかじめ子供たちを守ろうと、小さな者たちを船の真ん中に乗せる。

 しかし非情なことに、船が壊れ始めるとそここそが弱い。水が溜まってゆく。船底が割れる。その上、彼らはニセのライフジャケットを買わされていることさえある。海に投げ出されてしまえば、自力で泳ぐしか生きている方法がない。

 子供たちはまだ水泳を知らない。

 「それが沖に見えるんです。しかし助けることが出来ない。すぐに船は沈んでしまう。そして海岸に子供の死体が上がります。自分の子供を遊ばせていたビーチに、誰かの子供の溺死体が流れ着く」

 マリエッタさんは深く息を吸って言った。

「これが今、ヨーロッパで起きていることです」

 そのあと、もし生きてギリシャにたどり着けても、という話をマリエッタさんはした。暑くても寒くても彼らは歩き続けたのだった。ギリシャの南端あたりに着けば、東側の海岸沿いをひたすら北へ北へと。彼らはすでに自国を出る時から、すさまじい距離を踏破していた。そして途中の国境で突然、軍隊に押し返されたのだ。「EU-トルコ協定」が決まったから、と。

【参考記事】EU-トルコ協定の意義と課題

 ヨーロッパの中で今、100万人以上が流浪の身でいることを想像してみて欲しい、とマリエッタさんは言った。目のふちに涙が浮かんでいた気がするが、彼女は顔を伏せることはなかった。

 彼女が話している事態はのちの世界史に必ず特記される大問題だと俺は思ったが、果たしてそれは解決した上でだろうか、それとも延々と出口のない難問であり続けるのだろうか。

 「EUとトルコは資金援助と難民の移動の制限に合意し、協定を結びました。けれど問題はそれでは解けないんです。ですから私たちMSFは『EUートルコ協定』に抗議をし、EUからの資金援助を断ることを決めました」

 決然とマリエッタさんは言った。

 俺は腹の底から息を吐いた。

 こういう人間がいてくれることが、尊厳そのものではないか。

 だから弱い者の尊厳が守られるのではないか。

 そう俺は思ったのだった。

 ではなぜ彼らは他者の尊厳をそのように自然に尊重出来るのか。

 俺はギリシャでそのことをずいぶんあれこれ考えることになるが、ここで報告を少し休もう。
 カタール航空ドーハ発羽田行きQR813では飲み物が配られ出したから。
 オレンジジュースでも飲んで、俺はいったん落ち着くことにする。

 こういう時に酒はだめだ。いい酔い方にならない。

ブリーフィングのあとのマリエッタさんの部屋


(つづく)


いとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE」

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

いとうせいこう

最終更新:9/7(水) 23:24

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