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「八っつぁん!あだ名の話だってよ」(立川談笑、らくご「虎の穴」)

NIKKEI STYLE 9/8(木) 7:00配信

 よしッ、吉笑からいい球をもらった! 談笑一門リレーによるマクラ投げ。テーマは「あだ名」。
 
 古典落語の中にもあだ名で登場する人物はずいぶんいます。有名どころは「八っつぁん」に、「熊さん」。彼らの本名は八五郎に熊五郎で、町人だとほかに「松公」「留公」「源ちゃん」などなど。
 
 「粗忽(そこつ)の使者」で、そそっかしい武士を助ける役を買って出る大工のあだ名が「とめっこ」。「とめこう」ではなくてあくまでも「とめっこ」。
 
 「天災」のマクラに使われる小話には、「きさっぺ」が出てきます。
 「おう、きさっぺ。この人が誰かを探してるってよ。おめえと同じ大工で、この町内に山田喜三郎っての知ってるか?」
 「山田喜三郎? そんな大工聞いたこともねえな。でも待てよ。きさぶろう……おれの名前だ」
 
 「六尺棒」では、夜更けに帰った若旦那が扉を開けてもらうために店のものを起こそうと声をかけます。
 「開けておくれ。番頭。ちょうこう、しょうさん、てるどん」
 あだ名のオンパレードです。
 
 また、ときに若旦那が厳しい番頭をからかう際の呼び名に「番州」があります。ちょっとしたあだ名を使ってみせることで鉄壁の牙城を切り崩す糸口にしようという。このあだ名のつけ方は、昔の国名の短縮法を転用したものだと想像できます。いわく、紀伊の国を「紀州」、上野の国を「上州」、陸奥の国を「奥州」というアレ。遠江の国から出たのが「遠州」森の石松。いよっ、待ってましたッ!
 「早よから起きた石松は、うがい手水に身を清め……」
 って、こうして書いていますけど。ふむ。今のご時世、森の石松といってどれだけの人が知ってるんでしょうね。ただのはやり廃りとして片づけていいものなのか。こんな疑問こそ、こっちが年寄りに足を突っ込みかけている証拠かもしれませんが。そういや、あの有名な「さっちゃん」ってどこへ行っちゃったんでしょうね。近頃とんと噂を聞きません。覚えてませんか。ほら、確か本名をさちこといって、家が貧しいのかバナナが半分しか食べられないとか何とか。おっと脱線。「馬鹿は死ななきゃ治らない」
 
 与太郎は「与太」。あだ名はただの短縮形です。そして上方落語では与太郎は出てきません。似たキャラクターとして喜六(きろく)さんが登場します。「きー公」、「きーやん」などと呼ばれます。あだ名も上方っぽくていいですね。
 
 さてさて。話題は「あだ名」のままそろそろ落語を離れていきますが、ここであだ名「○の字」について。
 「おう、銀の字。ちょいとそこまで面ぁ貸してもらおうか」
 なんてセリフが時代劇とか時代小説に出てきそうです。でも、不思議と落語ではそれほど出てきません。ほれているの「ほの字」、ありがたいの「御の字」なんて言葉はありますが、それは口にしづらい言葉を隠しているのです。同様に、人名=あだ名として使われるならそれは積極的に名を伏せる必要がある場合です。ざっくりいうと隠語。それも犯罪者集団での言葉づかいです。ですからいくらガラが悪いからといって、職人がおおっぴらにあだ名として「○の字」なんて言い方をするのには違和感を感じます。
 
 同じく集団意識が強い、とはいっても犯罪とは正反対のお上品な女性の世界。女房言葉というものがあります。室町時代にまでさかのぼれるそうですが、詳細は知りません。物や人を直接示すのを嫌って「○文字」という別名を生み出し使ったのはそのひとつだといいます。お上品を目指したはずが犯罪集団の「○の字」と似た結果になっているのが興味深い。「○文字」の例としては、かつらが「かもじ」、浴衣が「ゆもじ」、寿司が「すもじ」「おすもじ」。
 
 古典落語「たらちね」は、「道灌」を覚えた前座が次に習得する演目でもあります。この終盤。上品すぎる新妻が長屋を通りかかった八百屋を困らせるシーンがあります。
 「おのこや、おのこ。そもじの担いし『ひともじぐさ』、あたい何銭文なりや?」
 
 「ひともじ」とは今の長ネギのこと。かつては葱(ぎ)と呼ばれていて、珍しく一文字の野菜だから女房言葉で「ひともじ」。葉部分より根が重視されたのか、いつしか根葱(ねぎ)が通称になった。なーんて、ちゃんと理解して覚えて演じてるか、前座たち?
 ついでのついで話として。落語には出てこないけど、女房言葉には「ふたもじ」ってのもあって、こっちはニラ。お寺にある「不許葷酒入山門(葷酒山門に入るを許さず)」の「葷」がまさにこれで、ネギ、ニラ、ニンニク、ラッキョウなんて食べ物は、匂いが強くて下品! 「あんなもの食べるなんて信じらんなーい」と言ってる陰で、あだ名を使ってまでコソコソ食べてたのでしょう。かわいいなあ。
 
 飯をよそう「しゃもじ」も杓子(しゃくし)を上品にした女房言葉、つまりあだ名です。味噌汁をよそう「おたま」は玉じゃくしから。女房言葉には語尾の「もじ」ばかりでなく、頭に「お」がつくものにも多くて、おにぎり、おむすび、おひや、おでん、おなか、おならなどなどがあります。女性専用の上品言葉だったとはいえ、今では男性も普通に使うくらいに浸透しているものも多くて、いちいち目くじらを立てるものでもないようですが、せめて知識として踏まえておいても損はしませんよ。
 
 ある時代劇だったか、切腹を迫る深刻な場面があって、
 「ここはいさぎよく、おなかを召されよ」
 いやいや、爆笑でした。その時代の言葉として「お腹(はら)」はありだとしても「おなか」はないだろうと。そうかといって、厳格すぎるのも嫌なのですよ。いっそ「ぽんぽんをチョキチョキしちゃいましょうね」なんてセリフでも通じるならそれでもいいや。
 まったくもう、いい加減だなあ、談ちゃんったら。……ん? 談ちゃんって、誰だ?
 おっと、いけない、危うく忘れるところだった。次回のテーマは「ゲーム」。わはは。書きやすいだろう。
(次回9月14日は立川笑二さんの予定です)
立川談笑(たてかわ・だんしょう) 1965年、東京都江東区で生まれる。海城高校から早稲田大学法学部へ。高校時代は柔道で体を鍛え、大学時代は六法全書で知識を蓄える。予備校講師など様々なアルバイトを経験し、93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。テレビの情報番組でリポーターを務めながら芸を磨く。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名。05年に真打昇進。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評がある。十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。<今後の予定>独演会は9月14日、10月17日の予定。吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は9月30日、10月28日の予定。立川談笑HP http://www.danshou.jp/

最終更新:9/8(木) 7:00

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。