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”恐怖の帝王” S・キング、ミステリー初挑戦 『ミスター・メルセデス』

Book Bang 9/8(木) 17:56配信

 アメリカ・ホラー小説界の“恐怖の帝王”が初めて本格的なミステリーに挑んだというだけでなく、二〇一四年のアメリカ最高のミステリーに贈られるMWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞――エドガー賞の最優秀長篇賞にも輝いた話題作である。

 もっとも、キングほどの巨匠になると、名誉賞的な意味合いもあったのでは、などと意地の悪い見方をする読者もいるかも(筆者のことだ)。

 物語は二〇〇九年四月、中西部のとある町の市民センターから始まる。そこで催される就職フェアに早朝から大勢の人が集っていたが、そこへ現れたのがメルセデス・ベンツSL500。重さ二トンのその車は急発進して人の列に突っ込み、死者八名、負傷者多数の惨事を引き起こす。

 犯人は逃走、事件は未解決のまま一年がたち、捜査を指揮したビル・ホッジズは警察を定年退職、今は拳銃を傍らに置いてジャンクなTV番組を眺める日々を送っていた。そんなビルの元にある日手紙が届く。

 それは彼を挑発するメルセデス・キラーからのものだった。手紙を分析した結果、間違いなく犯人からのものだったが、肝心の警察は他の重要事件にかかり切り。ビルは事件に使われたメルセデスの所有者で、その後服薬自殺したオリヴィア・トレローニーに何か秘密があると推理し、独自の捜査に乗り出すが……。

 かくして謎解きが始まるかと思いきや、犯人はその直後に邪悪な素顔をさらす。フーダニットものを期待した方はずっこけるかもしれないが、本書は何よりホッジズとサイコキラーの死闘を描いた対決劇なのだ。ただし著者はオリヴィア・トレローニーの車がどうやって盗まれたのかという謎を提示し、事件を解く鍵として引っ張っていく。犯行の何から何までが明かされるわけではない。

 冒頭から、物品はもとよりTV番組、作家、小説の題名に至るまで固有名詞を織り込んだ濃密な日常描写が綴られていくこの著者ならではの語りも健在。よれよれのホッジズだが、必ずしも孤軍奮闘を強いられるわけではなく、コンピュータ通の助手――黒人少年ジェロームもいるし、オリヴィア・トレローニーの家族との出会いを通じて新たなチームが形成されていくことにもなる。彼の再生劇としても読み応えは充分で、出来映えを疑ったりして悪かった。

 本書は確かに面白いけど、著者がすでに続篇を二作も発表していたとは知らなんだ。今やキングはミステリー作家としても読み逃せない作家になったのである。

[評者]―― 香山二三郎(コラムニスト)

※「週刊新潮」2016年9月8日号掲載

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最終更新:9/8(木) 19:08

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