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西武時代の輝きを取り戻したオリックス中島宏之。「やっと前みたいな感じに」

ベースボールチャンネル 9/8(木) 17:00配信

大きく期待を裏切った1年目

「怪我をしないためには、どこを鍛えればいいのかとか、今年あかんかったことを検証しています」

 そう中島が話したのはちょうど今から1年くらい前のことだ。
アメリカから帰国し、チームやファンの大きな期待を背に受けてオリックスに入団した中島だったが、昨年は右太もも裏の肉離れやぎっくり腰など怪我に悩まされ、116試合、打率.240、本塁打10本、46打点と不本意な成績に終わった。

 成績は期待を裏切ってしまったが、ファン一人一人の目をしっかり見て笑顔で応じる中島のファンサービスに心を打たれたファンは多い。西武時代の2011年のオリックス戦で死球を受けた際に発した「オリックスはしょうもない」という自身の発言について、一部ファンがアレルギーを持っていることもわかっているが、中島は「チームがこんなときだからこそ、できる限りのファンサービスをしてあげたいし、自分がすることで他の選手も感じてくれたらいいですね」と優しい笑みを浮かべていた。

 中島はオリックスという新天地に対して「(馴染むのは)なかなか大変ですね」と語るほど、目に見えない苦労をしていた。

 昨年オフには幼馴染みの山崎勝己とともに渡米して、ロサンゼルスでトレーニングを積み、復活へ向けて動き出した。年が明け自主トレを経て春季キャンプに現れた中島の体は、遠目から見てもわかるほどにシェイプアップ。その体の改造ぶりには、彼の今季へ意気込みを感じることができた。

前半戦絶不調もファームで下半身を強化

 しかし、今シーズンも中島には昨年を超える試練が待ち受けていた。
万全の状態で迎えたはずのシーズンだったが、安達了一が病気で出遅れたこともあり、開幕当初から負担が多いショートで出場したことも影響したのだろう。これはオープン戦で福良淳一監督も心配していたことだった。

 3・4月の打率が.259、右ふくらはぎを痛めた5月が.172、6月は.244と絶不調。6月5日のヤクルト戦(神宮)で第1号本塁打、同8日の中日戦(京セラ)ではレフト5階席に飛び込む特大の第2号を放ったが、その後、再び不調に陥り同26日に今季3度目にして、はじめて怪我ではなく、不調が理由で登録を抹消された。

「やっと普通な感じというか、足も使えるような前みたいな感じになりました」

 登録抹消から1カ月以上が経過した7月30日に昇格した中島はとてもいい表情をしていた。

 中島が話すところの“前みたいな”感じとは、オリックスを相手に打率.400を打っていた2012年当時のことを指している。逆方向に長打を打つあの頃の中島はオリックスにとって、天敵中の天敵だった。ファンが期待しているのはあの頃のナカジの復活である。

「ファームではとにかく走りましたね。ファームには僕と同世代がたくさんいるんですけど、下も勝てていなかった(断トツの最下位)。だから、試合前におっさん達で集まって、『今日は俺たちががんばって絶対勝つぞ』って言って、試合に臨んで勝ったりもしました。勝つというのはこういうことなんやと、僕もそうだしファームの選手が感じることができたのも大きかったですね」

 さらに、中島は、現在の好調の理由について、こう分析している。 

「あまり打ちに行かないようにしました。これまでは、チームが勝ててないですし、ここで俺が打たなあかんとか、変に背負っちゃって力が入りすぎていたんですよね。力みがあったから上下のバランスが悪くなっていた。いまは楽な気分で打席に立つようにしています」

 北川博敏打撃コーチも「スイングスピードが戻ったよね。下半身を使えるようになった。これからまだまだやってもらわないと困ります」と現在の中島の状態について太鼓判を押すとともに、残りシーズンのさらなる奮起に期待を込めていた。

 中島に続いて未来の主砲候補である吉田正尚や大城滉二らバッティングに期待ができるルーキーも昇格したことにより、ここ数試合のオリックス打線は純国産ながら厚みを増してきた。

 9月2日の日本ハム戦(ほっと神戸)では「みんなが繋いでくれたので、打ってヒーローになってやろうと思った」と日本ハム石井からレフトへ逆転タイムリーを放ち、4日の同じく日本ハム戦(同)では7回に1点差に迫るタイムリーを放ち、6点差を追いつくミラクル劇を演出した。

 中島の“復活宣言”はチームもファンもずっと心待ちにしていたことだが、一番それを望んでいたのは中島本人であったことは言うまでもない。何より表情の明るさが好調さを表している。


どら増田

ベースボールチャンネル編集部

最終更新:9/8(木) 17:00

ベースボールチャンネル

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