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狂い始めた安倍の総裁延長戦略

文藝春秋 9/9(金) 10:30配信

改造人事の吉凶は、10月のW補選で明らかになる

    ◇    ◇

 8月22日、史上最多41のメダル獲得に日本中がわいたリオデジャネイロ五輪の閉会式。マラカナン競技場中央の緑色の土管から登場したのは、スーパーマリオブラザーズのマリオに扮した安倍晋三だった。次期開催国の首相による異例のパフォーマンス。最後に安倍はこう宣言した。

“See you in TOKYO”

 4年後の東京五輪は自らの手で迎える――との決意。祖父・岸信介首相が1959年に64年の東京五輪開催を勝ち取りながら、実際に開会式の晴れ舞台に立ったのは、後任の池田勇人首相だった。首相として五輪開会式を迎えるのは、憲法改正と並んで祖父との因縁を感じさせる「悲願」だ。

 式典を終え、周囲が「これで東京五輪でも首相として活躍できそうですね」と軽口を叩くと、安倍は「それもいいよね」と満面の笑みを浮かべた。

 だが、この悲願の前に立ちはだかる壁がある。2018年9月までの自民党総裁任期だ。党則は、総裁任期を1期3年とし、連続3選を禁止している。これを乗り越えない限り、東京五輪に首相として登場することは叶わない。

 自民党結党時の総裁任期は1期2年で、多選禁止の規定はなかった。64年に総裁に就任した安倍の大叔父・佐藤栄作は4選を果たし、71年に1期を3年に延長、結局在任期間は7年8カ月に及んだ。長期政権への反動から党内で任期制限、多選禁止論が高まり、77年に1期2年に短縮、80年に連続3選が禁止された。

 その後、総裁任期を延長したのは中曽根康弘だけだ。84年に再選された中曽根は、86年7月の衆参同日選の大勝を受け、特例で延長が認められた。中曽根は当初2年の延長を目論んだが、党内の反発もあり「1年間以内なら延長可能」と党則改正された。だがこの特例の規定も02年、小泉純一郎首相の下で削除され、任期は1期3年に戻された。総裁任期変更の経緯はそのまま、「三角大福中」や中曽根と「安竹宮」の権力闘争の歴史でもある。「任期延長への布石」(首相周辺)と位置付けられた8月3日の内閣改造、自民党役員人事で、新たな政争の火ぶたが切られた。

 参院選勝利を確信していた安倍は、選挙中から、(1)政権の骨格維持(2)ポスト安倍の封じ込め(3)中規模以上の改造、の3つを柱に人事構想を描いていた。

 だがこのシナリオは思わぬ事故で破綻する。幹事長留任を予定していた谷垣禎一が7月16日、自転車で転倒し頸髄を損傷したのだ。「しびれがありすぐには話せない深刻な状況だ」との報に接した安倍は周囲に「これで人事が狂うかもしれない」とうめいた。

■世耕経産相の理由

 ハト派で財政規律を重んじる谷垣と、タカ派でリフレを志向する安倍とは元来、水と油。だが軽減税率導入や消費税増税再延期の際も、谷垣は最終的には持論を封印して協力するなど安倍を支え続けた。総裁経験者の重みもあり、党内融和の要であった。

 事故直後から幹事長退任を申し出る谷垣に対し、安倍は「病気じゃなくて、怪我なのだからいつかは治る」と谷垣続投に執着。幹事長代行・細田博之に幹事長職を一時任せる案も模索した。

 事態が動いたのは、7月29日23時過ぎ。フジテレビの「自民党・谷垣幹事長交代へ、後任は岸田外相」との速報だった。すぐさま安倍は複数の親しい記者に「誤報です」とメールを送信。「谷垣交代」と「後任岸田」のどちらが誤報なのかはあえて言及しなかったが、誤りは無論後者。総裁任期延長の取りまとめを託す幹事長を、ポスト安倍をうかがう岸田文雄に任せるわけもない。この報道を知った谷垣は翌30日、結論を引き延ばすと各方面に迷惑がかかると、「幹事長退任」のメールを安倍に送った。本人の口から聞くまで諦めきれない安倍はさらに翌日、谷垣に電話で「臨時国会まで代行に任せるから続けてほしい」と要請したが、谷垣は「1カ月待っても復帰できないと迷惑がかかる」と固辞、安倍も最後は折れざるを得なかった。

 そしてこの日の夜、安倍は総務会長・二階俊博に電話で幹事長就任を打診する。事故直後から谷垣が駄目だった場合の意中の人は二階だった。当初は谷垣とともに「寝業師」タイプの二階も留任させ、総裁任期延長議論の切り込み隊長を担ってもらう心積もりだった。安倍の真意を見通している二階は参院選後、「会見で任期延長を切り出してもいいか」と誘い水をかけ、安倍も「お任せします」と応じた。早速、二階は7月19日の会見で「任期延長は大いに検討に値する」と明言し、議論の流れを作った。この時から安倍は二階起用を温めていた。

「こっちの思惑にぴたっと行動を合わせてくれる。敵にすれば面倒だが、味方になれば頼りになる」

 二階をこう評する安倍は、全幅の信頼を置いているわけではない。二階は齢77。次期衆院選で引退する可能性も取り沙汰され、5月には、お膝元の和歌山県御坊市長選に長男を擁立したが現職に惨敗した。首相側近は「今の二階さんなら党を預けても安心との読みもあった」と解説するが、それでも安倍は念には念を入れた。

 2度閣僚を務め二階の影響力が強い経済産業省のトップに、長く官房副長官を務めてきた側近の世耕弘成を充てたのだ。世耕は二階と同じ和歌山県選出ながら犬猿の仲。当初官房副長官留任を告げていたが、二階の幹事長起用を受けて、急遽経産相に入閣させた。

■おちょこの中の嵐

 もう一つの安倍のつまずきは、地方創生担当相・石破茂の閣内封じ込め失敗だ。ポスト安倍として有力視される石破と岸田。石破派、岸田派とも派内に「閣外に出てポスト安倍に動き出すべきだ」との声がくすぶっていたが、両者とも未経験のポストに未練を残していた。石破は財務相、外相を望み、岸田は党3役入りを願った。

安倍「農相に就任していただきたい」

石破「自由な時間がほしい」

安倍「防衛相ではどうでしょうか」

石破「今回は遠慮させていただきたい」

安倍「残念です」

 8月1日、安倍から石破への電話は、こうしてわずか数分で終わった。事前に官邸サイドから石破には農相、防衛相を含む複数のポストが示されていた。希望ポスト以外で閣内に止めおこうとする安倍の姿勢に、「バナナのたたき売りじゃあるまいし」と石破は周囲に苛立ちをぶつけていた。

 最終的に石破の背中を押したのは、電話の直前に明らかになった二階の幹事長就任だ。安倍の狙いが総裁任期延長にありと悟った石破は、「どうして息子を選挙で落とす人が幹事長なのか」と息巻いた。8月3日、閣僚として最後の記者会見で「いつかわからないが次の政権に代わる時がある。その時に何を示すのか錬磨していくのが責務だ」と反安倍の狼煙を上げた。

 ただ安倍も石破の入閣辞退は早くから想定済みだ。盟友、麻生太郎の財務相を代える選択肢はないが、外相ポストを用意すれば石破の閣内封じ込めが可能なのは分かっていた。だが安倍は7月下旬、石破への残留要請と同時に、石破派で主戦論の急先鋒、山本有二の身体検査を側近に指示。石破との電話の翌日、山本に「石破さんが断ったポストですが」と農相就任を要請した。石破派の分断工作である。

 かたや岸田はどうか。安倍は岸田を外相に長期間起用、岸田も期待に応えて慰安婦問題の日韓合意、オバマ広島訪問などの実績を積み上げ、ポスト安倍の1人と目されるようになった。昨年の総裁選では後ろ盾の古賀誠元幹事長の意向に反し、安倍の無投票再選をお膳立てした。

 ポスト安倍の足場を固めたい岸田は、首相補佐官の1人に「オバマの広島訪問が私の外相の花道だ。党務で頑張りたい」と党3役入りの希望を伝えている。しかし安倍は、岸田にも希望ポストは用意しなかった。7月27日、羽田空港で会った岸田に「ロシアや中国との関係もあるので、引き続き外相をお願いしたい」と続投を要請すると、岸田はあっさり受け入れた。派内から「いいように使われているだけだ」との声もあがるが、岸田は「与えられた仕事をやるだけだ」と多くを語らない。実は岸田の脳裏には、第二次安倍政権発足直後の安倍のこんな発言が刻み込まれている。「ポスト安倍が石破さんというのはおかしい」。禅譲に期待を寄せ、忍従の日々を選んだ。

 安倍は一方で、2人の対抗馬育成にも余念がない。筆頭が稲田朋美だ。第二次政権発足以降、行政改革担当相、党政調会長と重用が目立つ。今回は、当初経産相での起用を検討したが、二階幹事長就任による世耕の起用、石破の入閣固辞を経て、防衛相への抜擢に至った。二階は「国防という大事なポジションを経験して、次に(首相に)という考えがあるのではないか」と安倍の思いを代弁する。

 一方の民進党は、9月15日に代表選を控え、共産、生活、社民との野党共闘の是非が争点に浮上している。

 岡田(克也)執行部の支援を受ける形で、代表代行・蓮舫は8月5日、立候補を表明。岡田路線の継承を示す一方で「政策や綱領が違う政党と一緒に政権を目指すことはない」と、民共連携に不満を持つ保守系への配慮も見せた。

 保守系で有力対抗馬と見られていた元環境相・細野豪志は、蓮舫が正式表明する2日前に2人で会談し、蓮舫が民共連携を前面に出さないことを確約、自身は出馬を見送った。

 並行して蓮舫を推す国対委員長・安住淳が出馬を模索する若手を「予算委員会に立たせないぞ」と恫喝、無投票当選の流れを作ろうとする。これに反発した執行部と距離を置くグループに推されて保守系の元外相・前原誠司が「人心一新」を掲げて出馬表明したが、参院選での野党共闘を評価するなど争点がぼやけ気味だ。

 蓮舫は8月23日の記者会見で「(岡田は)本当につまらない男だ」と笑いを誘ったが、「早くもボロが出た。代表になっても長続きしない」との批判の声があがる。一方の前原も、自身のグループに属する国対副委員長・玉木雄一郎の擁立論が最後までくすぶるなど足元すら固め切れない。

「コップどころか『おちょこの中の嵐』だな」(官邸筋)

 高みの見物の安倍は、総裁任期延長に邁進する構えだ。ただ各社の世論調査では、任期延長反対が賛成を上回り、安倍政権の長期化が歓迎されているわけではない。石破は「優先順位を間違えてはいけない」と敵意をむき出しにするが、実は石破を下野させた時点で、安倍の戦略には微妙な綻びが生じている。中曽根が特例の任期延長をなし得たのは、後を狙う「安竹宮」が容認したからだ。安倍晋太郎、竹下登、宮澤喜一のいずれかが総裁選出馬を決断していれば、任期延長はなかった。石破はすでに次の総裁選に出馬する意向を固めており、中曽根のような特例延長は望めない。よりハードルの高い抜本的な党則改正が必要となったのだ。

 さらに目前には10月の衆院東京10区と福岡6区のW補選という試練も待ち受ける。いずれも保守分裂の様相だ。

 東京10区では都知事選で党の方針に反して小池百合子を応援した石破派の若狭勝が出馬の構えだ。自民党都連は若狭擁立に難色を示しており、石破・小池vs安倍の対決になりかねない。

 福岡6区は、死去した元総務相・鳩山邦夫の次男・二郎と党福岡県連会長の長男・蔵内謙が公認争いをしている。鳩山を二階派の武田良太が支援し、蔵内を麻生、古賀の重鎮が推している。

 安倍は二階新幹事長に調整を委ねるが、一本化に失敗すれば二階の威信低下は避けられない。東京の結果次第では、石破の勢いが増す。

 人事をめぐる安倍の差配が吉と出るか、凶と出るか。最初の答えは10月23日の投開票日に明らかになる。

(文中敬称略)

(文藝春秋2016年10月号「赤坂太郎」より)

最終更新:9/9(金) 10:30

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