ここから本文です

「崩された失点ではない」から考える サッカーの<言葉><常識><セオリー>の盲点【岩政大樹――現役目線】

BEST TIMES 9/9(金) 6:00配信

■「言葉」にプレーが引っ張られる

 僕はサッカー選手や監督の心理面を想像しながらサッカーを見るのが好きなので、試合後のコメントなどをよく見ています。本音で語られているものがあれば、そうでないものもありますが、その選手、監督の性格や心理などを想像しながら読むと、だんだん選手が本当に考えていることや、チームがどのように歩んでいるのかが見えてきます。そうしたことを踏まえて結果を見るのはいろんな人生模様を覗けるようで楽しくて、今では趣味みたいなものになっています。

 その中で、(得点を許してしまったチーム側のコメントとして)「崩されてやられた失点ではない」という言葉を目にすることがあります。みなさんもあるのではないでしょうか。言葉とは面白いもので、誰かが話し始めるとあちこちで使われるようになり、ひとたび広がってしまうとその言葉に思いの外、影響されてしまうことがあります。僕も気づかないうちに"崩された"形かどうかで失点の形を判別していたことがあったと思います。しかし、最近ではこの言葉にとても違和感を覚えるようになりました。

 今回は「崩す」「崩される」という言葉についてちょっと立ち止まって考えてみたいと思います。

 まず、「崩された失点」という言葉です。

 どのような"やられ方"を「崩された」と表現するかにもよりますが、きっと選手が口にするような“きれいに崩された失点”というのは、相手のいいようにボールを回されて、なすすべなく失点してしまったような形だと思います。

 僕がこの言葉に違和感を感じるのは、そもそも「崩された失点」がどれくらいあるのか、ということに疑問を持っているからです。きっと、そのような形の失点はJリーグにおいては全体の2割か3割あればいいほうではないでしょうか。
 むしろカウンターやセットプレー、セカンドボール、ミス。そうした一見、事故のようにも見える形からの失点のほうがはるかに多く、いわゆる「崩された失点」というものは実は多くはないのです。

 先日行われたリオデジャネイロオリンピック日本代表においても、ほとんどの失点が自分たちのミスからだったということで結論付けられていますが、そもそもがサッカーとはそういうスポーツであるということです。

1/3ページ

最終更新:10/19(水) 21:00

BEST TIMES

記事提供社からのご案内(外部サイト)

BEST TIMES

KKベストセラーズ

笑える泣ける納得する!KKベストセラーズ
の編集者がつくる「BEST TIMES」
(ベストタイムズ)。ちょっとでも皆さんの感
情を揺さぶれたらいいな、と思います。

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。