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後悔しない決断をするための「熟断思考」とは?

PHP Online 衆知(THE21) 9/9(金) 18:40配信

「即断即決」の意外な落とし穴

思考の最終段階には「決断」する必要があるが、「なかなか決められない」という人は多い。即断即決が良いとされがちだが、そもそも速く決めればいい、というわけではない。自分にとって最善の決断をするためには、どのように考えれば良いのだろうか?《取材・構成=塚田有香》

決める瞬間よりもその前のプロセスが大事

多くのビジネスマンが「決断力を高めたい」と望んでいます。とくに管理職になれば、決断力は不可欠だと考えるでしょう。
しかし、物事を決める際、実は決断の瞬間にできることはほとんどありません。決断するには、それ以前の段階で選択肢や実現可能性といった事項を検討し、すでに整理されているはずだからです。よって決断の精度を高めたいなら、むしろ決断に至る前のプロセスで必要となる「意思決定力」を磨くべきです。
私は「意思決定」の定義を、意思決定理論の創始者で私の師でもあるスタンフォード大学のハワード教授の定義に基づいて、「やり直しのきかない経営資源の配分を実際に行なうことへのコミットメント」としています。経営資源とは「人・モノ・金・時間」、コミットメントとは「やる気・覚悟・決意」だと考えてください。つまり「自分がコントロール可能な経営資源を使って、次にどんなアクションをとるか」を、やる気や覚悟を持って決意することが「意思決定」なのです。自分で何かを決めた気になっても、経営資源の配分が具体的に行なわれないなら、意思決定とは言えません。
たとえば、企業の社長が「我が社は5年後までに、売上高を倍増すると決断した!」などと宣言することがあります。しかし、「そのために人・モノ・金・時間をどう使い、具体的に何をするのか」が答えられなければ、それは意思決定ではなく、願望の表明に過ぎないのです。

即断即決すべきときと、すべきでないときの違い

では、正しい意味での「意思決定」を行ない、次のアクションを決めるにはどうすればいいか。そこでご紹介したいのが、「熟断思考」という意思決定の手法です。これは「熟慮断行」を略した私の造語で、「即断即決」とは対極に位置する思考法と言っていいでしょう。
近年はビジネスにおける意思決定でもスピードが重視されてきました。そして実際、即断即決で対処したほうが良いケースも多々あります。とくに現場のオペレーションレベルの課題は、とりあえず方針を決めてすぐ実行し、軌道修正しながらPDCAサイクルを高速で回すやり方でほとんどが解決できますし、着実に成果を出せます。
その一方で、即断即決で対処すべきではない場面に直面することもあります。次の条件に当てはまる課題は、高速PDCAサイクルによるアプローチが有効ではなく、熟断思考で臨むべきものです。
・PDCAを一サイクル実行するのに時間がかかる
・実行に際して投入する経営資源が非常に大きい
・うまくいかなかったとき、自分や自分の組織にとって打撃や悲惨さが甚大
・最適解を導き出し、実行するのに様々な人たちの知恵やスキルが必要
この4つの条件のうち、一つでも当てはまれば、即断即決すべきでないと考えてください。
もし直面している課題が「飲食店の新メニュー開発」だったら、新メニューを期間限定で販売し、お客様の反応を見ればいいでしょう。これなら短い時間で、投入する人や金も少なく、もし評判が悪くても数ある品のうち一品だけなので打撃も少なく、オーナー一人のアイデアで実行できます。PDCAサイクルを素早く回すことで決断できるケースです。
しかし課題が「2号店のオープン」だったら、どうでしょうか。計画からオープンまで時間がかかるし、土地・建物の賃料や新規スタッフの人件費など多額の金もかかる。さらに、もし運営がうまくいかなかった場合、1号店の評判まで悪くなり、経営全体への打撃も大きくなります。1店だけならオーナー一人ですべてをマネージできますが、店舗が複数になれば、現場を任せられるだけの経験やスキルを持つ複数のスタッフと協力する必要も出てくるでしょう。よって、この課題は熟断すべきだと判断できます。

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最終更新:9/9(金) 18:40

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