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日米で再評価の異色作家 少女の不気味な「日常小説」?

Book Bang 9/9(金) 8:10配信

 最近、本国アメリカでも、ここ日本でも、大いに再評価されている異色作家シャーリイ・ジャクスンの、第二作Hangsamanの待望の邦訳が刊行された。

 主人公は十七歳の大学生ナタリー・ウエイト。支配的な作家の父親の束縛から逃げて、大学生活を送っている。父は妻を蔑視し、ナタリーの文章指導を通して共謀関係を築いていた。筋書としてはシンプルで、ある若い女性の目覚めを描いた「日常小説」と言ってもいい。なのに、底知れず不気味で、とてつもなく不安を掻き立てる。それは、書かれていない核心的な何かがあるはずだと読者に思わせる筆致のためでもある。たとえば、ホームパーティの翌朝、「何もなかった」「おぼえていない」と繰り返すヒロインの身に何が起きたのか?

 また、三人称でありながら、事実上、ナタリーの一人称で書かれているような、主観的文体も理由の一つだろう。ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』などを想起していただきたい。あるいは、逆にどこからがナタリーの心理描写なのか判然としない。しかも家族や客との会話のなかに、彼女が妄想する刑事との殺人事件を巡るやりとりが、なんの区別もなく紛れこんでいたりする。

 カレッジには、ナタリーを苛める大金持ちの姉妹などもいる。このふたりが信じがたい行為でナタリーを精神的にいたぶる。カフェテリアで片腕のない男と出会い、パンにバターを塗ってくれと頼まれたりする。本作中にも何度か言及される「詩人の血」のようなフランスの前衛映画の香りが少し。近親相姦的関係、同性愛、レイプなどの性的ほのめかし。そして記憶の操作と抑圧。

 思春期に特有の非現実感、自己離脱感がなまなましく感じられ、読者もナタリーと共に心の暗い森をさまようことになるだろう。あなたが森の奥から引き返してこられるかどうか、それは保証できない。

[評者]―― 鴻巣友季子(翻訳家)

※「週刊新潮」2016年9月8日号掲載

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最終更新:9/9(金) 8:10

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