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《SMAPがいた時代》稲垣吾郎、森且行の退所日に1人だけ断髪式に参加しなかった真意

週刊女性PRIME 9/10(土) 18:30配信

'89年、朝ドラ『青春家族』に出演、SMAPで最初に人気が出たのは“吾郎ちゃん”だった。主演ドラマ、熱愛報道、そしてまさかの逮捕騒動から“メンバー論争”に『紅白』辞退。稲垣吾郎がSMAPにもたらしたものは? シングル『Hey Hey おおきに毎度あり』で初のオリコンチャート1位を獲得し、順調にアイドル街道を進み始めたSMAP。しかし'96年5月、最初の危機が訪れる。

 森且行がオートレーサーに転向するために脱退。後に怪物的な人気となる『SMAP×SMAP』(フジ系)が4月にスタートしたばかり。そのうえ、森の人気・実力は高く、木村拓哉とツートップと言われていた。

《将来はバイクのレースに出てみたいな》(JUNON'90年10月号)。森は早くからそんな発言もしていた。

 転身の際には、普段は控えめな森から「絶対の自信と決意が感じられた」。後に木村もそんな言葉を口にしている。

 脱退会見にはジャイアンツのユニフォーム姿の中居正広が同伴。明るく盛り上げていたが、胸中は複雑で解散も考えていたという。

 森の事務所との契約が切れる日、それでもメンバーは森の家に集まり、オートレース養成学校入学のために断髪式を行った。このときただ1人参加しなかったのが稲垣吾郎。

 そのマイペースぶりをメンバーからネタにされていたが、18年後、稲垣はそのときの真意をひっそりと打ち明けている。雑誌『an・an』の連載で、

《本当のことを言うと前日みんなで会った時に気持ちに決着をつけたつもりだったので…。でも遊んでいたからと思われていたのか、って(笑)》

 彼なりのケジメの気持ちだったのだろう。周囲に流されない自分の哲学を持っていた。

 SMAPで最初に人気が出たのは稲垣だった。'89年にNHKの朝ドラ『青春家族』に出演。'94年にはドラマ『東京大学物語』(テレ朝系)に初主演し、陰のあるナイーブな佇まいが注目を集めた。

 稲垣はジャニーズ事務所において、昔も今も異質な存在である。明るく元気で太陽の下が似合う若者たちの中で稲垣はただ1人、もの憂げでミステリアスな月のほの暗さを感じさせる少年だった。当時の彼を知る芸能記者は言う。

「昔から変わった子だったと自分で言ってましたね。友達がみんなサッカーしていても1人でボーッと空想にふけっていたって。“華やかさと暗さとか重さが共存してるものが好きで、感性を刺激される”なんてことも言ってました」

 やはり当時、彼を取材した女性誌の記者は、「SMAPでいちばん普通で真っ当な人」と評する。

「特別ニコニコもせず、不機嫌だったり構えたり、スターぶったりもしない。映画や音楽など興味のあることには饒舌だし、インタビューでも自分の気持ちに素直になることが大切と話す、自然体の人」

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最終更新:9/10(土) 18:30

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