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東京五輪の新種目スポーツクライミング。W杯王者のいる日本は強豪国か

webスポルティーバ 9/10(土) 7:30配信

「やりすぎなんですよ」

 杉本怜(すぎもと・れい)が笑顔でそう振り返るのは、今年8月まで行なわれたIFSC(International Federation of Sport Climbing)ボルダリング・ワールドカップで見せた、日本男子勢の戦いぶりについてだ。

【写真】ボルダリング・ジャパンカップで優勝トロフィーを掲げる野口啓代と藤井快

 杉本はボルダリング男子代表を牽引するエースだが、今季のW杯第3戦以後は、故障の治療に専念するために戦線を離脱。すると、エース不在の間に後輩たちが、ボルダリングW杯の勢力図を一気に塗り替える活躍を見せたのだ。

 2020年東京五輪での実施が決定したスポーツクライミングは、「ボルダリング」「リード」「スピード」の3種目がある。毎年、種目ごとに世界各地を転戦するW杯が行なわれ、各国代表のスポーツクライマーが各大会の優勝と、各大会の成績に応じて得られるポイントの累計で決まる年間王者を目指し、腕を競い合っている。

 これまでスポーツクライミングといえば、ボルダリングW杯で年間王者に4度輝いた野口啓代(のぐち・あきよ)がクローズアップされてきた。男子もボルダリングW杯で堀創(ほり・つくる)が2011年カナダ・キャンモア大会、杉本が2013年ドイツ・ミュンヘン大会で優勝するなど、決してレベルが低いわけではなかったが、W杯の毎大会に6名で争う決勝戦まで駒を進める野口の活躍と比べると、脇に追いやられるのも仕方のないことだった。

 それが、である――。今年のボルダリングW杯では、日本男子がシリーズを通じて主役を演じたのだ。

 1月のボルダリング・ジャパンカップを初制覇した23歳の藤井快(ふじい・こころ)は、今季のW杯第2戦で3位となって初めて表彰台に登ると、第4戦のインド・ナビムンバイ大会で初優勝。第6戦アメリカ・ベイル大会で2勝目を飾り、ボルダリングW杯の年間ランクで2位となった。

 これは、2010年に堀が年間3位になって以来の快挙だが、楢崎智亜(ならさき・ともあ)がそれ以上の成績を残したことで霞(かす)んだ。楢崎は今季第3戦の中国・重慶大会で初優勝を飾るなど、優勝2回、2位3回の安定した成績を残し、日本人男子では初めてとなるボルダリングW杯の年間チャンピオンに輝いたのだ。

 2014年が年間26位、2015年が年間30位と、昨年までの楢崎は予選20位以内になった選手が進める準決勝ラウンドに残れるかどうかのレベル。それは今年の序盤戦も変わらず、W杯初戦は18位、第2戦は15位と、決勝進出にはほど遠かった。だが、なにかキッカケを掴むと短期間で大きな飛躍を遂げるのが、若さの特権である。楢崎にとってのそれは、W杯第2戦にあった。

 ボルダリングW杯としては7年ぶりの日本開催となった加須(かぞ)大会で、楢崎は準決勝4課題のうち1課題に完登(課題を登り切ること)したものの、ほかの3課題はすべてゴール取りで落下。その課題に手も足も出ずに決勝進出を逃したのなら、力不足とあきらめもついたかもしれないが、そうではなかったことで、楢崎に火がついた。

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最終更新:9/10(土) 7:30

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