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『しんがり』著者の新作、舞台はシンガポール カネの傭兵を描く

Book Bang 9/11(日) 8:10配信

 山一證券の破綻処理を担った社員たちを描いたベストセラー『しんがり』に続き、著者が次に何を採り上げるのか期待していたが、それが本書だ。主人公は杉山智一(実名・四〇代)という証券マン。彼は「日本ではできない仕事が、あの国ならいくらでもできる」との誘いに乗って日本を捨てシンガポールに活躍の場を求める。しかし成功者だけの国シンガポールは失敗した人間には厳しい。「敗者は打ちのめされて帰国するか、マラッカ海峡に飛び込むかしかない」のだ。

果たして杉山は成功者になれるだろうか。彼の顧客は日本の富裕層だ。彼らは何億という資産を持ち、それを日本の税務当局にむしり取られずに相続しようと腐心している。杉山と同様、日本を捨てた連中なのだ。彼らは五年間海外で暮らし、非居住者になれば相続税を払わなくても済むというルールのために異国で孤独な日々を送る。「五年はここで頑張らないといかん。相続は大変だよ。我慢することが大事だ」と言い、赤道直下の国で美味くもない寿司をつまみながら味気ない生活を送る。著者は、日本を捨てたプライベートバンカーと富裕層の生態を生々しく描き切った。その筆致は、彼らのような金の亡者たちへの怒りや嫉妬に満ちているかと思いきや、案外そうでもない。著者は、反吐が出そうな欲望の生態をなんとも言えない温かさ、慈愛で包み込む。父の墓前で「(人生は)うん、ケセラセラやなあ」と呟く杉山。苦労をなめてきた著者ならではの言葉だ。おりしも各国の政治家などがタックス・ヘイブン(租税回避地)に財産を逃避させている実態が「パナマ文書」によって暴露され世界的な論議を呼んでいる。金持ちたちは、みんな上手いことをやっているんだという庶民の怒りが世界中に満ち満ちている。本書は、その怒りにさらに火をつけるか、それとも「ケセラセラ」と彼らの人生を嗤い飛ばす余裕を与えてくれるか。

 それはあなたの読み方次第だ。

[評者]―― 江上剛(作家)

※「週刊新潮」2016年9月8日号掲載

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最終更新:9/11(日) 8:10

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