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亡き千代の富士が”技と魂”を注入。 モンゴル出身・千代翔馬の覚悟

webスポルティーバ 9/11(日) 13:43配信

 11日に初日を迎える大相撲秋場所(両国国技館)で新入幕を果たした、モンゴル人力士の千代翔馬(25歳・九重部屋)が、”千代の富士の忘れ形見”として注目を集めている。

■陽杯を手に笑顔の千代の富士。1989年名古屋場所

  西十両3枚目で迎えた7月の名古屋場所で9勝6敗の成績を収め、幕内昇進を決めた。2009年名古屋場所の初土俵から7年目の新入幕に、「長かったですね」と苦難の日々を振り返った。

 モンゴル・ウランバートル出身の千代翔馬は、モンゴル相撲の大関だった父の影響でモンゴル相撲と柔道に没頭。モンゴル相撲で全国3位に入るほどに成長した彼の、日本の大相撲へ入るきっかけを作ったのは元横綱・朝青龍だった。

 千代翔馬の父と朝青龍の父が旧知の仲で、当時現役だった朝青龍が同じ一門の九重親方・千代の富士にお願いして入門が決まった。相撲協会の規定で「外国人力士の採用は各部屋一人限り」と定められており、九重部屋にはすでに外国人力士がいたため、高知・明徳義塾高校に相撲留学。1年間ほど待ったのち、ようやく初土俵を踏んだ。

 来日した時の体重は70kgしかなく、「あんな大きな人とどうやって戦えばいいんだろう」と不安だった。しかし、同じく細身の体ながら精進を重ねて31回の優勝を手にし、”ウルフ”の異名をとった第58代横綱・千代の富士の指導を受け、「師匠のようになりたい」と稽古に没頭して新入幕をつかんだ。

 耳を疑う悲報が飛び込んできたのは、幕内昇進を確実にした歓喜の千秋楽からわずか8日後。7月31日、師匠がすい臓がんのため61歳でこの世を去ったのだ。

「体が悪いことは知っていましたが、まさか亡くなるなんて……。今でも信じられません」

 目に焼き付いているのは、昨年の6月、師匠の還暦土俵入りでの雄姿。現役時代を彷彿とさせる四股(しこ)とせり上がりを思い出しながら、「60歳であんなにカッコいい体をしている人はいませんよ。ふくらはぎなんかすごく太かったですし。あんな元気だった師匠が亡くなるなんて」と絶句。「『幕内に上がったらモンゴルに一緒に行こうな』と声をかけてもらっていたのに……」と目を潤ませた。

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最終更新:9/12(月) 12:36

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