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庵野秀明に実写を撮らせた男、甘木モリオが語るプロデューサーの資質「嫌われる覚悟が必要」

リアルサウンド 9/11(日) 10:16配信

 スペースシャワーTVの高根順次プロデューサーによるインタビュー連載「映画業界のキーマン直撃!!」第7回には、『シン・ゴジラ』の製作を手がけたプロダクション、株式会社シネバザールにて代表取締役を務める甘木モリオ氏が登場。『平成ガメラ三部作』や『ラブ&ポップ』、『パコと魔法の絵本』『20世紀少年』『太平洋の奇跡』『監督失格』『私の奴隷になりなさい』『へルタースケルター』など、数多くの邦画をプロデュースしてきた同氏に、映画製作において大切にしていることや、プロデューサーという仕事の特殊性、その哲学まで、じっくりと話を聞いた。(リアルサウンド映画部)

■映画は必ずしも監督だけのものじゃない

ーー甘木さんは、どんな風にして映画業界に入ったのでしょう。

甘木:地元の福岡の高校を卒業してすぐ、今村昌平さんが校長を務める日本映画大学(当時は横浜放送映画専門学院)に入学して、2年間過ごしましたが、ほとんど学校は行ってません。横浜スカイビルという雑居ビル内に校舎があって、その下がパチンコ屋だったので毎日のように入り浸っていました。僕は当時、朝日新聞の奨学生だったので、新聞配達とパチンコばかりの学生時代でした。でも、その分暇だったので映画だけはいっぱい観ていました。当時は漠然とですが、将来は映画に携わりたいと考えていて。ただ、どういう方向に進むかは決めかねていました。ドキュメンタリーも劇映画も好きだったし、テレビにも興味があったんですね。で、学校に行ってる最中から、アルバイトで現場に行ったりしていて、卒業してすぐにゼミの講師の紹介で、『居酒屋兆治』という映画の制作部として、見習いですけど仕事をするようになりました。それから制作進行や助監督の仕事をするようになり、いまに至るという感じです。

ーー自分でプロダクションを構えたのは?

甘木:シネバザールは今年で21年目なので、立ち上げたのは僕が32歳のときです。黒澤明さんの制作部の同人会から始まって、2年間ほど経つと下請け仕事の依頼も来るようになって、そろそろ会計的にも会社にしないとまずいなということで、僕を含めて3人で出資して会社にしました。当時はすでにプロデューサーをやっていて、もう監督になりたいとはあまり思わなくなっていました。自分に向いていないと思ったし、その頃から“映画は必ずしも監督だけのものじゃない”という考え方も芽生えてきたんです。

ーーどういう意味でしょう?

甘木:たとえば、黒澤明さんの映画は、やはり監督のものだと思います。黒澤監督は天気が悪いから今日は撮れないと言って撮影を中止にされるんですね。エキストラを何千人と呼んで、馬を何百頭と集めて、撮影も完全にセットアップできていたとしても、監督の美学を第一優先にして、撮らないという選択もされるんです。一方で、多くの現場を経験するとプロデューサーの中には、裏で糸を引いているタイプの人がいることがわかる。あまり表には出ないし、監督の前ではニコニコして機嫌を損ねないように上手に付き合っているけれど、実は裏から現場を動かしていて、それが“悪い大人”という感じがしてとても惹かれたんです。制作部で働いて、プロデューサーが実際にどういう仕事をするのかも少しづつわかってきて、自分の性格的にもこちらの方が向いているな、と思うようになりました。

■映画を作るうえでは「なぜ?」と思わせることが大切

ーー甘木さんがプロデュースされた作品は、監督の選定が面白いですよね。村上龍原作の『ラブ&ポップ』を、庵野秀明監督で撮って、メイキングはAV監督のカンパニー松尾監督とバクシーシ山下監督が手掛けるという、かなり異色の組み合わせでした。

甘木:庵野秀明とは、僕が平成『ガメラ』シリーズをやってる時に、特技監督の樋口真嗣を通じて知り合いました。『新世紀エヴァンゲリオン』の実写パートを作ってほしいとの話で、彼らは実写のことはわからないので、僕がラインプロデューサーとしてコーディネイトを担当することになったんです。ちょうどその頃、ソニーからVX1000という、これまでのものとは段違いにハイスペックな民生用のデジタルカメラが出たばかりで、庵野秀明は個人的にそれを購入して『エヴァ』の現場でも色々と撮って遊んでいました。その内、エヴァが終わったら実写を撮ってみたいという話になり、エヴァの大月プロデュサーもやらせようとなり、何をやりますかって庵野秀明に聞いたら、村上龍さんの『ラブ&ポップ』が題材として挙がってきたんです。僕らは“テレビ東京深夜枠システム”と言っていたんですけれど、要するにテレビ東京の深夜枠でやっているような、型や枠にはまらずに出来るだけ自由な発想で作ったコンテンツを映画館で流してみたかったんですね。それがいつの間にか、『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明による実写第一弾ということで、予算がどんどん膨れ上がっていって、東映さんの配給で全国公開する映画になっていったんです。かといって、作品の中身はそんなに変えたくなかったので、ほとんど全編をデジタルカメラで撮影して、ああいう映画に仕上がった。庵野秀明はアニメ畑の監督なので、実写の監督とは制作のプロセスやアプローチがまったく違って、そういうところが僕にとっても刺激的だったし、面白いと思いました。その後、庵野監督とは『式日』『流星課長』と『キューティーハニー』を作りました。

ーーでは、カンパニー松尾らにメイキングを依頼したのはなぜでしょう?

甘木:村上龍さんの『ラブ&ポップ』は、女子高生が援助交際をしているという当時の社会背景があってこその作品ですが、映画にするとなった場合、現実問題として15~6歳の女子高生を被写体にして描けることはたかが知れていると思ったからです。成人映画にはできないわけですから。その窮屈さを打破しようと考えた時に、AV業界のクリエイターを巻き込むという発想が出てきて、カンパニー松尾、バクシーシ山下に声をかけました。カン松のAVはドキュメンタリーとしても面白かったので、彼なら女子高生を生々しく切り取れるんじゃないかと。その後、カン松に平野勝之を紹介してもらい、彼の『自転車不倫野宿ツアー 由美香』を観せてもらって、すごく面白かったので、『エヴァ』で疲弊していた庵野監督にも奨めたところ、とても喜んでくれて。「世の中にはここまで自らを晒して映画を作っている人たちもいるんだから、自分も頑張って映画を作ろう」って、創作意欲を新たにしてくれたみたいです。それが縁で平野の『監督失格』のプロデューサーを、庵野秀明が引き受けてくれたんですね。平野は、2005年にかつての恋人 林由美香を失って以来映画が撮れなくなってしまったんですが、カン松やバクシーシさんも交えて下北沢で酒を酌み交わした時に、もう一度撮ろうという話になって。庵野秀明は平野の作品で映画への意欲を取り戻したのだから、今度は平野が立ち直る手助けをしてもらおうと考えたんです。

ーーこういうと語弊があるかもしれませんが、『監督失格』に庵野秀明さんをプロデューサーとして迎えることによって、宣伝効果を狙った部分もありましたか?

甘木:それはもちろんです。エヴァの庵野秀明が、なぜこの映画をプロデュース?」っていう疑問と驚きは、『監督失格』の重要な要素でした。映画というのは、基本的に「なぜ?」と思わせるポイントがないとダメで。「なぜ?」って疑問が生じない映画は、観客も興味を抱きません。これは、僕がものを作る上でのキーポイントでもあります。僕自身は直接関わっていない映画ですが、『シン・ゴジラ』がヒットしたのも、「なぜ?」がたくさんあるからだと思います。庵野監督がなぜエヴァの作業を止めてまでゴジラをやるのか? そこに大切な意味があると思うんです。誤解を怖れずに言うならば『シン・ゴジラ』は珍品の部類に入る作品だと思います。ただ、そこが庵野秀明のすごいところで。彼は珍品と一級品の間の、実に際どいところを攻めてくるんです。見ようによっちゃ珍品だっていう映画も、人によっては一級品だって思うこともある。それが、誰もが認める一級品になるのは、何年かの時を経て、社会的な評価が固まってからなんです。最初に出てきたときは理解しがたくて、珍品か一級品かで議論が生まれるものだけが、はじめて人々の間に深く浸透して、誰もが認める一級品になる可能性を秘めている。そういう映画を作るうえで、大切なことが観客に「なぜ?」と思わせることです。

ーー僕もプロデューサーとして、観る人の想像の上をいくものを作りたいとは思っているのですが、それって常に伸るか反るかの賭けでもあるから、大きなプレッシャーも感じます。甘木さんはご自身の企画に不安を感じたりすることはありますか?

甘木:僕はあまりプレッシャーとかは感じないですね。もちろん、映画が公開されて劇場に誰もお客さんがいなかったら、しまった!やっちゃったなって思いますよ。ただ、作っている段階ではつとめて気にしないようにしています。というのも、お客さんに珍品と見られるか否かは本当に紙一重で、作り手のさじ加減ひとつなんですね。その塩梅については悩みますけれど、自分もお客さんも時代とともに感覚は変わっていくもので、塩梅を間違える時は自分の感覚が時代にフィットしていないだけのことだと思うんです。それって、あまり悩んでも仕方のないことだし、もし自分の感覚がズレてきたのなら、もう全面的にいけてる監督の感覚に委ねて仕事をしてしまうことだってできる。自分の感覚で映画を作り続けるのは、年齢的にも気力的にも、もう限界なんじゃないかな。台本を読むスピードだって、若い頃の倍くらいかかるし。プロデューサー稼業は、もうそろそろ終わりです(笑)。

ーーでも、ひとに仕事を委ねること自体が、プロデューサーの仕事のひとつですよね。

甘木:そうですね。それができるおいしいポジションというか、ただ、目利きじゃないとダメだと思います。監督を選ぶ時にも、人に勧められた監督と一緒にやると、何かちょっとしっくりこない感覚があるんですよね。その感覚が最後までずっとついて回ることが多くて、いいのか悪いのかわからないまま映画が出来上がった時、はじめてその違和感の正体が掴めたりするんです。そうならないためには、やはり最初の時点からピンとくる監督を選ぶ必要があって、目利きが重要になります。ただ、だんだん目も悪くなってくるから、いつまで続けられるかはわかりません。

ーー目利きをするうえで、重要なのはどんな感覚ですか?

甘木:アーティストのピュ~ぴるを題材にしたドキュメンタリー『ピュ~ぴる』を観たとき、僕は松永大司監督のことを知らなかったのですが、なんとなく感じるものがあって。その後、元アスミックエースの小川真司プロデューサーから、松永さんが作ろうとしている映画について相談を受けて、それが『トイレのピエタ』だったんですけれど、手塚治虫さんが亡くなる前に最後に遺した構想を元にしていると聞いて、納得するものがありました。『ピュ~ぴる』の時に感じていたのは、松永大司の一貫した“死生観”のようなもので、そこは自分とうまくシンクロできそうだなと思いました。その時はたまたま、死生観に共感したんですが、その人の根っこにある部分が、ちゃんとシンクロするかどうかは、僕がプロデューサーとして映画を作るうえで大切にしていますね。

■マニアックな題材をメジャーに作る

ーー今年は『シン・ゴジラ』をはじめ、邦画の大作に当たりが多いように感じています。日本映画界になにか変化があったのでしょうか?

甘木:作り手たちが、たまたま、新しいものを作りたいとか、他人がつまらないと言っても自分が面白いと思うのはこういう映画だって強く意識している人たちがいて、作家性の強い映画というか…それがたまたま今年 大手映画会社によって配給されたということではないでしょうか。まあ そうは言っても日本の映画の市場規模ってせいぜい2000~2500億円くらいで、他の産業と比べたらかなり少ないですよね。

ーー音楽の市場規模も同じくらいですね。

甘木:だから、音楽も映画も言ってみればサブカルってことです。そもそもがマニアックなものなんです。かつては総人口の一割くらいが観る映画もあったけれど、今はもうそんなことはなくて、そもそも映画を観る人がマニアックな人たちなわけだから、彼らに向けてマニアックに作らないとヒットしないと思っています。ただ、10万人に向けた映画を作るのであれば、割と簡単に作れると思うんですが、100万人、200万人、300万人に向けるとなると、マニアックな人たちだけじゃなくて、1年に1回しか映画を見ないような観客たちもターゲットにしなければいけないわけです。そうなった時に、これは最近強く感じる、マニアックな食材をメジャーに料理するというのが有効なんじゃないかと思います。大勢の観客を相手にしようと思ったら、それが1番いいんじゃないかと。題材はよりマニアックに、作り方はよりメジャーにというのが、僕の中の方程式で、最近のヒット作はそういうものが多かったように思います。

ーーその方程式を、具体的にいうと?

甘木:まず、キャスティングは大きいですよね。この女優さんがこんなことをやるんだ!?みたいな驚きが必要だと思います。例えば沢尻エリカさんが、『ヘルタースケルター』のりりこ役をやる。『ヘルタースケルター』の原作は、岡崎京子さんというサブカルの天才漫画家が描いている作品で、沢尻エリカさんは基本的にメジャー街道を突き進んできた方です。途中色々あったけど。その世界が違う2人が合わさることで強烈な化学変化が起こる。マニアックな題材をメジャーに作るという一つの例です。映画業界にいる人たちって、大体みんなマニアックな映画ファンなわけだから、普通に作ったらマニアックになってしまう。そこをいかにメジャーな作り方をするかが大事ですよね。ただ、『シン・ゴジラ』はメジャーな題材を超マニアックに作ったわけで、僕の方程式とは真逆なので、もう一度考え直さないといけないかもしれません(笑)。

ーーテレビ業界では、企画を立てるときに座組みなどをある程度整えた段階で、出来上がりについて“見えた”とか“見えない”って言い方をするんですよ。ディレクターがこの人で、出演がこの人で、台本がこの人で、だいたい“見えた”って。で、“見えた”企画は、70~80点の安定感のある作品には仕上がるんです。だけど経験上、ある程度は見えない部分を残しておかないと、ミラクルが起こらないこともわかっていて。どこかに「?」が残るものじゃなければ、『シン・ゴジラ』みたいな作品にはならないんでしょうね。

甘木:お客さんもその「?」があるからこそ、劇場に足を運ぶわけですからね。高根さんのいう“見えた”企画って、おそらくお客さんも同じように“見えて”いるんですよ。だから、見にいかなくていいやってなってしまう。僕の個人的な意見としては、テレビこそどんどん挑戦して、20点の企画も150点の企画もやってほしいと思いますね。テレビ好きだからあえて言わせて頂くと、失敗しても放送免許を取り消されるわけじゃないんだから。80点を目指して50~60点になってしまうより、“見えない”企画でときどき150点を出してほしいなと思います。たとえばですが、人員をシャッフルしてしまうのも面白いんじゃないですかね。ディレクターがいて、演者がいて、構成作家がいてってなったとき、あえて演者にディレクターをやらせてみたりしたら、意外とすごい作品が生まれてくるかもしれない。やってみてダメだったら、「やっぱりダメだったね」ってことでいいじゃないですか(笑)。

ーー検討してみます(笑)。プロデューサーの資質として“目利き”のほかに必要なことがあったら、教えていただけますか?

甘木:言い方が適切かどうかわからないけど、人に嫌われてもいいと思うことじゃないですかね。孤独に耐えられるというか。やっぱりプロデューサーは、映画の現場において異質な存在なんですよ。だって、みんなと違うことを考えてるんだもの。だから、異質であることに耐えられるかどうかというのは、すごい重要だよね。逆に、みんなに好かれてるプロデューサーってのは、大抵ろくなもんじゃないと思う。「あの人ってほんと嫌なやつだね」って言われているようなプロデューサーこそ、作品歴を見てみると、意外と名作を作っていたりするんですよ。逆に、良い人だといわれてるプロデューサーほど、凡庸な作品しか作ってない。結局、プロデューサーが現場で嫌われていないってことは、仕事をしていないってことなんです。監督だって、悪人の方が良いっていうじゃないですか。それはやっぱり、良い人は映画なんか作る必要ないからでしょう。なんで良い人なのに、映画なんか作んなきゃいけないの? 良い人は普通に幸せになれるだろうし、素敵な家庭だって持てるだろうし。映画を作ろうなんて人は、正直言ってどこか欠落している人たちですよ。だから映画を作ることで、それを埋め合わせるというか、補ってるんだと思いますよ。

ーー最後に相談なんですが、僕が今進めてるドキュメンタリー映画の被写体が高齢のミュージシャンで、体調も崩してる方なんです。先日監督と今後の相談をしてて、「縁起でもないけど、亡くなった後の動きを追うことになるかもね」という話になり、僕らは人の死を願ってるわけでは無いけど、それを映像作品にしてしまって良いのだろうかと思ってしまってるんです。

甘木:それは偽善ですよ。人は誰もが死にますし、死はアンタッチャブルなことではないと思います。むしろ、その瞬間を映画として作品に刻めるなら、それを本人が望むなら、やるべきじゃないでしょうか? 僕も『監督失格』を作る時は、平野勝之に「由美香さんの遺体を発見するシーンの映像使用許可が遺族からもらえないなら、これは映画にはできないよ」とはっきり言いました。さっきのプロデューサーの資質の話にも繋がりますが、映画を作って、世間に批判される覚悟が無いのなら、そもそも映画を作るのは難しいですよ。

取材=高根順次

最終更新:9/11(日) 10:16

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北朝鮮からの脱出
北朝鮮での幼少時代、『ここは地球上最高の国』と信じていたイ・ヒョンソだったが、90年代の大飢饉に接してその考えに疑問を抱き始める。14歳で脱北、その後中国で素性を隠しながらの生活が始まる。 これは、必死で毎日を生き延びてきた彼女の悲惨な日々とその先に見えた希望の物語。そして、北朝鮮から遠く離れても、なお常に危険に脅かされ続ける同朋達への力強いメッセージが込められている。