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インフォームド・コンセントのための“言葉”を創る

Meiji.net 9/12(月) 15:27配信

インフォームド・コンセントのための“言葉”を創る
田中 牧郎(明治大学 国際日本学部 教授)

 病気などの治療を受ける際、医師の説明が昔に比べて長くなったと感じる人は多いのではないでしょうか。
1997年に改正された医療法により「説明と同意」を行う義務が明文化され、インフォームド・コンセントが重視されるようになったためですが、それでも、医師の説明を十分に理解できるようになったでしょうか。
 そこには、医療用語という難解な壁があるのです。


◇カタカナ語を意味のわかりやすい日本語に換える

 私が明治大学に来る前に所属していた国立国語研究所は、日本の国語に関して何か問題があれば、それを改善するという仕事を行っているところでした。
 当時の小泉首相が、役所の人たちがよくわからない外来語を使うことを一喝し、わかりやすい日本語に言い換える提案を行うことになり、私が担当しました。

 確かに、「企業倫理」と言えば良いのに「コンプライアンス」と言ったり、よく意味もわからずに、「我が町のアイデンティティ」などと言ったりします。
 こうした、いわゆるカタカナ語がもっている概念や意味を日本語に言い換えて、中央省庁をはじめ県庁、区役所、市役所などに提案していきました。
 この提案を役所の人たちは歓迎してくれ、中には自分たちで独自に「言葉の見直し委員会」を創り、改善に努めようとしたところもあります。

 こうした作業を行う中で、「インフォームド・コンセント」を「納得診療」と言い換えました。「納得」も「診療」も普通に使われている言葉ですが、それを組み合わせた言葉はなく、「インフォームド・コンセント」の基本的理念を現わす言葉として最適だと判断しました。ところが、全国の医師たちからもの凄い批判がきました。

 確かに、直接的な意味では「インフォームド」は「説明を受ける」であり、「コンセント」は「同意を与える」です。「納得」でも「診療」でもありません。
 事実、日本医師会などは、「説明と同意」という言葉に訳して導入を図っていました。それに加え、医療者ではない私たちが日本医師会の訳語を無視するかのように、勝手に言葉を換えるのを不快に思ったようでした。

 実は、こうした専門用語の言い換えは医療分野に限らず、工業界、法曹界などからも同様の批判が起きました。役所への提案と異なり、専門家たちには、門外漢である私たちの言い換えの提案は、快く受入れられなかったのです。

 そこで、外来語全般を扱うのではなく、専門分野ごとに作業を行っていく必要があると考えました。
 一般の人たちにとって、最もわからないと困るのは医療や福祉の分野であり、まさにインフォームド・コンセントを推進している時期でもあったので、私たちは「病院の言葉」委員会を立ち上げ、外来語に限らず医療の言葉をわかりやすくする作業を始めました。


◇インフォームド・コンセントをサポートする本の完成

 それまでの反省から、委員会には私たち言葉の研究者だけでなく、医師にも加わってもらいました。
 医師はもちろん医療のことはよくわかっていますし、ベテランの医師は患者とのやり取りの蓄積があり、難しい専門用語の言い換えや説明のノウハウがありました。
 こうした医師たちの意見を取入れ、まず報告書的な小冊子を作り、それを大きな病院や医師会、看護協会などに配布し、それを見た現場の医療従事者から意見をもらい、修正を加えながら、最終的には「病院の言葉を分かりやすく」という一冊の本にまとめ、書店での一般販売にも至りました。

 この本の特徴は、難解な医療の専門用語の意味を単純に説明する、いわば医療用語辞典のようなものではなく、その言葉の概念とは何なのか、その治療法、あるいはその病気は何なのか、何がポイントなのか、それは患者の立場で見て何が大事なのか、あるいは医師の立場で患者を治すためには、どの部分を患者に知ってもらうことが必要なのか、そこを丁寧に説明する構成になっているところにあります。

 それによって、患者への説明の仕方、言い換えの仕方がみえてくると考えたからです。このような本が必要となった背景には、患者は医師の判断に黙って従って治療を受けていた時代から、病気や治療法について医師から十分な説明を受け、その内容を理解した上で、患者自身の自由な意思に基づいて医師の方針に合意し、あるいは拒否をする、インフォームド・コンセントが普及した時代へという変化があります。

 つまり、患者自身こそ治療を決める主体として尊重されるようになったのであり、医師は専門家としてそれをサポートするために、非専門家である患者に対してわりやすい説明を行う責任を持つようになったのです。

 完成したこの本は、医師をはじめとした多くの医療者が使っているほか、これから医師になる医学部の学生たちも、患者に説明する実習の際の参考にしているといいます。
 また、患者もこの本を読むことで、最初は何がわからないのかもわからなかったのに、自分はどこがわからなかったのか、どこでわからなくなったのかがわかるようになったといいます。
 こうして、医師のコミュニケーション力が上がり、 “わかる”患者が増えることで、インフォームド・コンセントの質がさらに高まっていくことを願います。

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最終更新:9/12(月) 15:27

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