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ママさん監督・竹下佳江が語る 「バレーの現場復帰を決断したわけ」

webスポルティーバ 9/12(月) 7:10配信

竹下佳江インタビュー(前編)

 女子バレーボール全日本のセッターとしてロンドン五輪の銅メダル獲得の立役者となった竹下佳江さんが、今年6月、女子バレーボールチーム「ヴィクトリーナ姫路」の監督に就任した。アスリートの妻であり、一児の母でもある竹下さんが、監督として再びコートに戻ってきた理由は何だったのか。そして理想の監督像とは?

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── ヴィクトリーナ姫路に最初に声を掛けられたのはいつですか。

「姫路にチームを作ろうという話は結構、前からありました。正式に監督のオファーをもらったのは2年前くらいですかね」

── 最初にオファーが来たときは、率直にどのように思われたのでしょうか。

「私が監督なんて絶対ないでしょうと思いました(笑)。ずっとお断りしていましたし……」

── 指導者になることに興味はなかった?

「なかったですね。周りの方からは、『指導者になるべきじゃないか』とか、『やったほうがいいよ』って言われていたんですけど、監督という立場とか役割とかいろんなことを考えたときに、やっぱり難しいので、やりたくないと思っていました」

── 竹下さんはご結婚されていて、お子様もいらっしゃいます。特にご主人はプロ野球選手(広島・江草仁貴)ですから、アスリートの妻という特殊な立場でもあると思います。その点も就任をためらう要因のひとつでしたか。

「もともと現役を引退してからは、主人がメインでバックアップできればいいなと思っていました。あと、子どもが生まれると、やっぱり子どもの優先順位が高くなるので、そういったところがおろそかになるのであれば、監督以前に、お仕事そのものもやるべきではないと思っていたんです。今ちょこちょこと仕事をやらせてもらっているのは、主人の理解があってこそだと思っています」

── 監督のお話が来たとき、ご主人はどのような反応でしたか。

「最初に私が『仕事はしない』と言ったとき、彼は『それだと息が詰まるんじゃない?』って。それで少しずつ事務所にお仕事を入れてもらって、ここまで来たんですけど、監督の話が正式に来たときも、『自分がやりたいのなら、やればいいんじゃない』と 。いつも私の意思を尊重してくれるので、私次第という感じでしたね」

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最終更新:9/12(月) 14:51

webスポルティーバ

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