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レイシズム2.0としての「アイデンティタリアニズム」

ニューズウィーク日本版 9/12(月) 18:05配信

<オルタナ右翼(alt-right)と呼ばれるもう一つの右翼・保守思想が注目を集めているが、その考えを理解する鍵となるのが、ヨーロッパでも広がる「アイデンティタリアニズム」という動きだ>

オルタナ右翼を理解する上で鍵となる「アイデンティタリアニズム」

 しばらく前、「はっきり呼ぼう、alt-right(オルタナ右翼)はまごうことなきレイシストだと」(Call the 'Alt-Right' Movement What It Is: Racist as Hell)という記事がRolling Stoneのウェブサイトに掲載された。

 確かに、オルタナ右翼の言動にはいわゆるレイシスト的要素が色濃く感じられる。その一方で、少なからぬ数のオルタナ右翼が、自分たちはレイシストではないと主張してもいるのである。もちろん単なる詭弁、言い逃れという面もあるのだが、彼らの言い分を少し追ってみたい。

【参考記事】アメリカの「ネトウヨ」と「新反動主義」

 理解する上で鍵となるのは、「アイデンティタリアニズム」(Identitarianism)という思想ではないかと私は思う。オルタナ右翼の代表的な論客の一人であり、「alt-right」という語を考案したとされるリチャード・B・スペンサーは、自身をアイデンティタリアンだと規定している。

 スペンサーが編集主幹を務めるオンラインメディアRadix Journalでは、昨年「私がアイデンティタリアンである理由」がテーマのエッセイ・コンテストを開催していた。それに寄せたコメントで、彼はアイデンティタリアニズムについて以下のように述べている。

 第一に、アイデンティタリアニズムとは、アイデンティティを精神的、知的、(メタ)政治的運動の中心に、そして中核的な問題に据える思想である。言い換えれば、アイデンティタリアニズムは、経済や人権、公共および外交政策等々に関する単なる一論点ではない。アイデンティタリアニズムとは、こうした問題の全て(他にもいろいろあるだろう)は、より大きな問いを問うことによってのみ解決できるという主張である。それは、我々は何者なのか?我々は何者であったのか?我々は何者になるのか?という問いだ。そして、アイデンティティとは、(そうである場合もあるが)単なる血の呼び声ではない。

 第二に、アイデンティタリアニズムは20世紀において標準的な、左翼/右翼の二分法を回避する(多くのアイデンティタリアンは右翼出身だが)。アイデンティタリアニズムは、今までと異なる新たな視点、そしてしばしば「左派」や「右派」として切り分けられてしまうエネルギーの統合に対して開かれている。「自由市場」「社会正義」あるいは「世界平和」とは我々にとって何であるのか、そのような語の意味を問い、そして我々の将来にとってそれらがどのような意味を持つのかを判断する必要がある。

 第三に、アイデンティタリアニズムは「ナショナリズム」という語、およびその歴史と言外の意味を回避する。実際、アイデンティタリアンの中心的意図の一つは、ヨーロッパにおける「他者」への憎悪の咎で断罪された、最近の歴史的記憶におけるナショナリズムの克服である。

 小難しく書かれているので意味が分かりにくいが、それでも何を言いたいかはだいたい分かる。まず、アイデンティタリアニズムは、ようはアイデンティティ至上主義なのである。ここで言うアイデンティティとは、ある集団が持つ文化や慣習、価値観を意味するようだ。スペンサーのようなアメリカの白人にとっては、それは西洋的な文化や慣習、価値観ということになろう。アイデンティティの問題が、経済的メリットや外交的配慮等に優先する、というのがアイデンティタリアニズムの基本的な主張ということになる。



アイデンティタリアニズムは、人種を問題にしているわけではない

(狭い意味での)レイシズムは、レイス、すなわち人種に基づく差別だった。例えばアメリカでは、黒人種や黄色人種といった白人種以外の人種を劣等人種と見なして差別したし、ナチス・ドイツはユダヤ人を、ユダヤ人という人種であるがゆえに虐殺した。

 しかし、アイデンティタリアニズムは、一義的には人種を問題にしているわけではない。例えばアメリカでなら、黒人やユダヤ人、あるいは日本人が、西洋的な価値観を受け入れて西洋風に暮らせばそれでよい、ということになる(なお、アメリカにおいて、というか多くの先進国において信教の自由は絶対なので、別にキリスト教への改宗を求めているわけではない)。西洋的価値観といっても別に大した話ではなく、良き隣人として仲良く暮らしてください、という程度の意味だ。

 一方で、なかなか移住先に同化しない移民はもちろん、例えば人種的には白人であっても、イスラム国に洗脳されてアメリカに帰国後テロをやるような手合いは、価値観を共有していないので差別の対象となるわけだ。これが、アイデンティタリアンが自分たちはレイシストではないと主張する根拠である。レイスではない、問題はアイデンティティなのだ、と。

 とはいっても、世の中には価値観が合わない、アイデンティティが異なる集団が多くある。昔なら、あるいは白人/西洋至上主義の立場に立つなら、そういう集団は劣っているのだから征服して教化しようとでもいう話になったのだろうが、さすがに現代に生きるアイデンティタリアンはそこまでは言えない。彼らが主張するのは、棲み分け(enclave)である。同じアイデンティティを持つ集団は、わざわざ他と混ざらずに、それぞれが元々住む地域で棲み分ければよいではないか、という話だ。これは、単純な移民排斥の論理ではない。自分の価値観、例えば宗教的規範に固執したいなら自分の国(あるいは地域)にいろ、勝手にしろ、こっちへ来るな、さもなくば歓迎しますよ、ということなのだ。

 なお、スペンサーは白人至上主義者とされることが多いのだが、彼自身はそうではないと主張していて、上記のような理解に立つなら、彼の言い分にも一理あると言える。ちなみに、先日スペンサーは(観光で)来日していたらしく、「ヒラリー・クリントンが演説でalt-rightに言及してくれたのはありがたい」「日本は国民国家なので多様性の問題が無く平和で素晴らしい」などと余裕綽々に語っていた。

.@richardbspencer responds to Hillary's #AltRightSpeech from anime island known as Japan.https://t.co/vy17qmyNBE— Radix Journal (@RadixJournal) 2016年8月26日


 このようなアイデンティタリアニズムが支持を得る背景には、例えばアメリカにおいては移民が増えて、白人とその文化がマイノリティになり、社会が荒廃しつつあるという現状認識がある(これが正当かは議論の余地があるが)。マイケル・アニッシモフという人がいるが、彼はアイダホ・プロジェクト(Idaho Project)という小冊子を書いた。

Idaho Project (English Edition)

 これは、ごく簡単にまとめれば、アイダホ州は元々白人が圧倒的多数なので(というか、そもそもあまり人間が住んでいないので)、ここに白人みんなが移住して固まって暮らそうという主張である。間抜けな話に聞こえると思う(し、まあ間抜けな話であることは間違いない)が、私はこの主張は図らずも重要な論点を浮き彫りにしていると思う。それは、多様性を同質性よりも優先すべきなのか、という問いである。リベラルは多文化主義や国際主義を無前提に善と思いがちだし、それに異議を唱える人に対してレイシストや旧弊のレッテルを貼るのに躊躇しない。



ヨーロッパで広がるアイデンティタリアニズム

 しかし、多文化共生の理想は麗しいものの、実際にはきれいごとばかりでは済まないのもまた事実である。少なくとも、それによって割を食う人々というのは相当数いるのだ。そこには目をつぶり、市井の人々が抱いた素朴な違和感を(SJW流に)抑圧したのが、こうした人々をオルタナ右翼へ追いやり、その伸張を許した原因の一つだと私は思う。しかも、先に書いた話と関連づけると、相互不可侵で他の集団には手を出さない、という意味では孤立主義的な心情が強いペイリオコンと、そして個人の自由を重視して似たような志向の人で集まって暮らしましょうという意味ではリバタリアン的な心情とも整合性がある。

【参考記事】alt-right(オルタナ右翼)とはようするに何なのか

 ちなみに、アイデンティタリアニズムはスペンサーの独創ではなく、実はアメリカ発祥でもない。そもそもはヨーロッパ、フランスで生まれた思想だそうで、フランスやドイツ、オーストリア、イタリア、スロヴェニアで勢力を伸ばし、少し違うがロシアでも似たような動きがあるらしい。マーカス・ウィリンガーというオーストリア人の大学生が書いた「アイデンティティ世代:68年世代への宣戦布告」という本が、ヨーロッパにおけるアイデンティタリアニズムの代表的文献とされているようだ(私は未読)。

Generation Identity (English Edition)

 この本のタイトルからも明らかなように、ヨーロッパにおけるアイデンティタリアニズムはなかなか面白い展開を見せている。というのも、世代間闘争の要素が含まれているのだ。1968年ごろ青春を過ごし、ラジカルな左翼運動に強く影響されたベビーブーマー世代を「68年世代('68ers)」と呼び、彼らこそが、多文化主義だの国際化だのフェミニズムだのといったリベラル的価値観を考え無しに後続の世代に抑圧的に押しつけた問題の元凶だ、と主張するのである。

 また、フランスではBloc identitaire、アイデンティタリアン・ブロックという政治運動があり、これはフランスで近年勢力を伸ばしている極右政党、国民戦線と関係があるようだ。国民戦線は、創設者で前党首のジャン=マリー・ル・ペンは反ユダヤ主義でいわば昔ながらのレイシストだったのだが、現党首で娘のマリーヌ・ル・ペンは基本線をアイデンティタリアニズム的なものに置いていて(ゆえに父親を追放した)、それが支持基盤の拡大に功を奏しているらしい。そしてヨーロッパにおけるアイデンティタリアニズムは、アイデンティティ集団ごとの棲み分けと分権化を目指すという点で、結局はEU解体の思想なのである。

 ちなみに、経済学者でハーバード大学教授のダニ・ロドリックは、ブログで世界経済の逃れられぬトリレンマという説を唱えたことがある。

 1. グローバリゼーション(経済統合の深化)
 2. 国民国家(国家主権)
 3. 民主主義の政治

 のうち、どれか二つをとれば、残りの一つは達成できないという仮説だが、グローバリゼーションと国家主権をとって民主主義をあきらめるのが共産党が支配する中国、グローバリゼーションと民主主義をとって国家主権をあきらめるのがEUだそうである。とすると、アイデンティタリアニズムはグローバリゼーションをあきらめることで、国家主権と民主主義を維持しようとする試みなのかもしれない。

 アメリカとヨーロッパにおけるアイデンティタリアニズムの流れを眺めると、ある種複雑な感慨を覚える。というのは、私は似たような動きを前に見た覚えがあるからである。抑圧されてきた階層がネットを介して「声」を獲得し、なにがしかの社会変革を起こす。2010年ごろから始まり、中東やアフリカを席巻したアラブの春は、まさにこのようなものだった。その意味で、我々は、「欧米の春」を目撃しているのではなかろうか。

※当記事は「八田真行さんのブログ」からの転載記事です。

八田真行(駿河台大学経済経営学部専任講師、GLOCOM客員研究員)

最終更新:9/13(火) 15:00

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北朝鮮からの脱出
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