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【今こそ読んでほしい『変わるしかなかった』~第二回、何を『変えるしかなかった』のか~】

広島アスリートマガジン 9/13(火) 12:12配信

自分自身の考え・哲学を変えた

『人はなかなか変われない。特に自分ひとりで変わっていくのは難しい。
 だけど大きな目標を持ち、それを達成するためには変わっていける。たとえ目先のことにつまづいても、あきらめずに続けていけば、いつの間にか風景が変わっていたりする。』

本書のタイトルでもある『変わるしかなかった』。
選手・コーチの意識改革はもちろん、フロントに対しても勝ちにいくためにFA戦線への参入を要望するなど様々な改革を行なった野村氏ですが、一番大きいのは自分自身の考え・哲学を変えたことでした。

『指導方法の変化は自分の中ではとても大きいものだった。それは単に教え方を変えたということではなく、僕にとっては物事の捉え方、自分の考え方を一大転換させることでもあったからだ。

 僕は野球人として指導者に厳しく育てられてきた。何度も叱られ、何度も怒鳴られ、なにくそと這い上がってきた野球人生だった。それが基本にあるので最初は自分が受けた指導と同じように選手には厳しく接するのがいいと思い、実際そのように行動していた。

 しかし1年経ったとき、はたしてそれでいいのだろうかと思ったのだ。若い選手にかつての自分の姿を重ねることは正しいのか。もちろん優しくするとか甘やかすとか、それは自分の本意ではないし、これまで自分が受けてきた指導とは180度違う。

 だが、僕はこのように考えることにした。「世の中、自分が基本じゃないんだ。僕は特殊なケースだったのだ」と。

 その新しい考え方に慣れるまでは、本当に苦労した。それは考え方を変えるだけでなく、自分の哲学を曲げることと同じだった。

 そんなふうに僕がこれまでの経験則を捨ててまで新たなやり方にトライしたのは、何をおいても結果を出したい、チームを強くしたいという思いがあったからだ。そのためには若手に伸びてもらわなければならない、どうやったら彼らの気持ちを高められるか、僕たちの言葉に反応してもらえるか……それを突き詰めていくと自然とそうなった。現実の勝利のためには、僕の理想なんてちっぽけなものでしかなかったのだ。

 つまりこの時期、僕が学んだのは、人は変われるということだった。どんな状況下でも、どんな年齢でも、人間は変わっていくことができるーーもしかするとそれは僕が5年間の監督人生で学んだ一番大きな財産かもしれない。』


選手は「野村謙二郎」ではない。そこに気付き、自らの成功体験に基づく考え・哲学を柔軟に改めることができたことによって、今のように若手が伸びる環境がつくられていったのです。本書のなかにもキクマルコンビはもちろん、大ブレーク中の鈴木誠也選手との秘話が掲載されています。





----監督・野村謙二郎の5年間----
勝つためにカープも変わり、僕も変わった。
勝てないチームから勝てるチームへ。

最終更新:9/13(火) 12:12

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