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子どもへの愛情を口にしながら、わが子を殺す親たち

ニューズウィーク日本版 9/13(火) 6:21配信

<3件の児童虐待事件を追った『「鬼畜」の家――わが子を殺す親たち』は、緻密な取材を重ねたドキュメンタリー。記述のすべてが生々しく、決して楽に読み進められる内容ではないが、1人でも多くの人が読むべき作品だ>

『「鬼畜」の家――わが子を殺す親たち』(石井光太著、新潮社)は、2004年から2015年までの間に起きた3件の児童虐待事件を追ったドキュメンタリー。題材になっているのは、3歳の男の子をアパートの一室でひとり餓死させた「厚木市幼児餓死白骨化事件」、貞操観念ゼロの状態で次々と子どもを産み続けた挙句、死んでしまった2人の嬰児を天井裏と押入れに隠した「下田市嬰児連続殺害事件」、そして次男をウサギ用ケージに監禁して窒息死させ、次女も首輪で拘束して暴行を加えた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」だ。

 著者は事件の起きた街へ足を運んでその空気に触れ、土地のバックグラウンドを調べ、関係者から話を聞き、犯人の生育歴をさかのぼり、緻密な取材を重ねている。だからこそ記述のすべてが生々しく、読んでいるとまるで虐待が行われているその場に居合わせたような複雑な気持ちになってくる。

 厚生労働省の報告によれば、二〇一三年度に虐待で死亡した児童は、六十九人(虐待死三十六人、無理心中三十三人)。前年度は九十人、前々年度は九十九人だった。 だが、これはあくまで警察が虐待による死亡事件と認めたもので、日本小児科学会の「子どもの死亡登録・検証委員会」は、実数を三倍から五倍の約三百五十人と推計している。 医者の役目は患者を診ることで、外傷があるという理由だけで、悲しみに暮れている親に虐待したのかと問うのは難しい。警察に言えば逆恨みされかねないし、勘違いであれば傷口に塩を塗ることになる。そうしたことから、医者もよほどの確信がないかぎり通報せず、「事故死」「病死」として処理するのだ。(3ページ「プロローグ」より)

 ところで著者は、加害者である親に直接話を聞いた結果として、彼らがみな子どもへの愛情を口にしていることを認めている。子どもは自分にとって宝だ、親心を持って手塩にかけて育ててきた、家族はみんな幸せだった、と口にするというのである。だから、「彼らのなかにも子どもを思う気持ちはあったのだ」と記している。

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 きっと、そうなのだろう。もしかしたら彼らは、子どもが憎くて殺したわけではないのかもしれない。が、ここには大きな問題が潜んでもいる。読み進めていくうちに、そのことがはっきりと見えてくる。たとえば、3歳の齋藤理玖(りく)くんが餓死した「厚木市幼児餓死白骨化事件」。

 二〇〇四年十月に理玖君の母親が家出をして間もなく、部屋の電気、ガス、水道は料金未払いで止められてしまう。幸裕(筆者注:理玖くんの父親)の仕事は運送会社のドライバー。出勤の際はかならず理玖君を真っ暗な和室に閉じ込め、引き戸に粘着テープで目張りをして外に出られないようにしていた。食事は決まって、近所のコンビニで買ったパンやおにぎりだった。(中略)お腹がすいたり、喉が渇いたりした時は、引き戸に向かって「パパ、パパ......」とか細い声でつぶやき、稀に幸裕がふらっと帰ってくれば、嬉しそうに声を上げて歩み寄って行った。 だが、幸裕は幼い理玖君の存在を煩わしく思い、外に恋人をつくるとアパートにはほとんど寄りつかなくなった。(中略)そして「監禁生活」が二年三カ月つづいた二〇〇七年の一月、理玖君はついに絶命する。吐息が白くなるほど寒い部屋で、オムツとたった一枚のTシャツを身に着けた姿でうずくまるようにして息絶えたのである。(13ページより)



 このようなことになっても、後日帰宅した幸裕は理玖くんの死を知りながら警察に通報することもなく、遺体を放置したまま逃走。さらには理玖くんの死を隠して児童手当などを不正受給したというのだ。しかし、そうした事実以上に問題視されるべきは、著者が拘置所で面会した際の幸裕の言動だ。

「俺は理玖を殺してなんかいないっすよ。それに、あいつの責任はどうなんすか!」 これまでの公判から判断するに、あいつとは幸裕の妻、愛美佳(あみか、仮名)にちがいなかった。(中略)幸裕はいら立ち、アトピー性皮膚炎の腕や首をかきむしってつづけた。「俺、二年以上一人で理玖を育てたんですよ。メシもあげた、オムツも交換した、体もふいてた、遊ばせてだっていた。やることやってたんす。なのに、なんで殺人とか言われて捕まんなきゃなんねえんすか。おかしいっすよね!」(16ページより)

 つまり彼は、自分が「やることやってた」と信じて疑わないのである。そして、自分が不当な扱いを受けていると本気で思っている。常人にはとうてい理解できない感覚だが、それが彼にとっての「普通」なのだ。そして同じことは、他の2事件の犯人にもいえる。

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「下田市嬰児連続殺害事件」の犯人である高野愛(いつみ)の、裁判員裁判での様子についてこのような記述がある。

彼女は、若くしてすでに十一歳の長女を含め三人の子供を育てている母親だったが、その受け答えはあまりにたどたどしかった。 たとえば、事件についてどう考えているかと訊かれた時の返答が次だ。「こんな事件起きちゃって、子供たちにごめんって思ってるから、そう言ってみたいです」 また、なぜ赤ん坊を殺害したのかと問われてこう答えている。「なんとかなるって思っちゃってたんですけど、そうならなかったから、困って......でも、私が悪いって思います」 彼女は県立高校の普通科に通う学力はあったし、ジョナサン(筆者注:愛の勤務先)でも愛嬌をふりまきながら十年間ちゃんと勤めている。知的レベルが著しく低いわけでもないのに、実際に彼女の口から出てくるのは、小学校低学年の子の下手な言い訳のような返答ばかりだった。(98ページより)

 そして 「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」の犯人である皆川忍と妻の朋美にも、似たような側面がある。

 裁判官や検察官は、たびたび二人に対して玲空斗君への虐待の実態や死体を遺棄した場所などについて尋ねた。忍は玲花ちゃんへの虐待については一部認めたものの、玲空斗君に対しては「してません」の一点張。質問にはほとんど一言でしか答えず、都合の悪いところは黙るかごまかすかした。(中略)――玲花ちゃんをリードでつなぐというのはやり過ぎだと考えなかった?「考えました。けど、まぁわかってくれるのかなという気持ち」(中略) 朋美に関しては、責任逃れの言葉だけが目立った。裁判は途中から分離されることになるのだが、朋美はそれを機に、虐待は忍が勝手に行ったと主張したのである。自分は妊婦だったし、精神的な病気に苦しんでいたため、何もできることはなかった、と。(186~187ページより)



 このように彼らには、人間として決定的に欠けている部分があるのだ。欠けた部分は誰にだってあるけれども、こうした欠け方はやはり異常だ。そしてその異常さに気づかないまま、彼らはそこを言い訳や自己憐憫などで埋めようとする。そうすればなんとかなると、本気で思っている。

 もちろん事件の細部の描写も強烈なのだが、私がいちばん恐怖を感じたのはここだ。こういう人たちが、普通に生活しているという現実を恐ろしいと感じたのだ。

 読み進めていくとわかるが、彼らはそれぞれ、複雑な家庭環境などの問題を抱えて生きてきた人たちだ。だからといってなにが許されるはずもないのだが、そのようにブチギレた感覚で(無意識のうちに)自分を武装しない限り、生きてこられなかったのかもしれない。

 そして必然的に実感せざるを得なかったのは、こうした人たちは、まだまだ世の中にたくさん存在するのだろうなということだ。だから虐待も増加の一途をたどっているのだろうし、それは社会の歪み以外のなにものでもない。

 そんなことをヒリヒリと感じさせてくれるからこそ、本書はどよんとしたものを心のなかに残す。だから決して楽に読み進められる内容ではないし、「とてもじゃないけど読めない」と抵抗感を示す人もきっといるだろう。しかし個人的には、これは1人でも多くの人が読むべき作品だと感じた。多くの人は児童虐待と無縁の生活を送っているだろうが、だからといって他人事とはいい切れないところまで、現在の日本は来ているのだから。


『「鬼畜」の家――わが子を殺す親たち』
 石井光太 著
 新潮社


[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。

印南敦史(作家、書評家)

最終更新:9/13(火) 6:21

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