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なぜイランには自分自身を撮る写真家が多いのか - Q.サカマキ Instagramフォトグラファーズ

ニューズウィーク日本版 9/13(火) 11:27配信

<なぜかセルフポートレイトを撮る写真家が多い国、イラン。テヘラン在住のネガール・タクビーリもそのひとりだが、自らをフレームに収める理由は、ナルシシズムやセルフ・コンプレックスを超えた、もっと哲学的なものだった>

 セルフポートレイトは、古今東西、数多くのヴィジュアルアーティストが好んでモチーフに取り入れてきた作品形態のひとつだ。写真家も、新進とベテランとを問わず、多くの者が自らをフレームに収めてきた。今回紹介するテヘラン在住のイラン人、ネガール・タクビーリもそのひとりだ。

 タクビーリのセルフポートレイト・シリーズの大半は、ストレートに撮られたものでなく、壊れた鏡やガラスに映り込んだ彼女自身だ。シリーズは2年前、偶然壊れた鏡と共に始まったという。それが周りの風景やペットなどとも絡みあってさまざまな彼女自身を映し出し、不可思議な魅力を与えてくれる。

 今回、彼女を選んだ理由のひとつは、イランにはなぜかセルフポートレイトを撮る写真家が多いからだ。彼女を通してその謎が解けるかもしれない、と思ったのである。美男美女が多い国のため、ナルシシズムを作りだしているのかもしれない。あるいは、その反対に、ちょっとしたセルフ・コンプレックスから、自分を直視するため、セルフポートレイトを多用する写真家が多いのかもしれない。

【参考記事】24歳イラン人写真家のストールン・モーメント
【参考記事】シャガールのように、iPhoneでイランを撮る

Negarさん(@negartakbiri)が投稿した写真 - 2016 5月 1 9:27午前 PDT




It was my father who thaught me to value myself.He told me that i was uncommonly beautiful and that I was the most prescious thing in his life. Negarさん(@negartakbiri)が投稿した写真 - 2015 7月 22 9:27午前 PDT


 タクビーリもそうしたひとりかもしれない、と思った。とりわけ、彼女の作品の1枚(上の写真)には、父親の写真が添えられ、「It was my father who taught me to value myself. He told me that I was uncommonly beautiful and that I was the most precious thing in his life――自尊心を持つことを教えてくれたのは父だった。私のことを本当に美しく、彼の人生でもっともかけがえのないものと言ってくれた。」と書かれていたからである。

 だが、読みははずれた。大学で「芸術/建築」を専攻したアカデミック・バックグラウンドを持ち、高度で繊細な文明を築いた古代ペルシアの伝統の中で、だが同時に、現在は非常に厳格な社会体制となっているイランで生まれ育った彼女にとって、セルフポートレイトのコンセプトはもっと哲学的なものだった。

「鏡と窓」展で、写真のもつ二次元論的特質(写真家自身の内面性のメタファーと外的社会への探求)を説いたニューヨーク近代美術館(MoMA)の写真ディレクター、ジョン・シャーコフスキーを引き合いに出し、タクビーリはこう語る。「それは23歳の私自身が生きているイラン社会への探求であり、自分自身の内面的ポートレイトでもある」

 内面性と外面性の凍結――写真の持つ一見相反する2大特質を巧みに重ね合わせながら、その間を行き来しながら、タクビーリはイラン社会と彼女自身の「生」の意味、葛藤、喜び、同時に父親が彼女に教えた自身への尊厳の意味を探り続けているのである。

今回ご紹介したInstagramフォトグラファー:
Negar Takbiri @negartakbiri

Negarさん(@negartakbiri)が投稿した写真 - 2016 8月 19 9:11午前 PDT

Q.サカマキ

最終更新:9/13(火) 11:27

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