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スペイン人記者が明かす、久保建英のすべて<1>――久保獲得を狙っていたのはバルサだけではなかった

SOCCER DIGEST Web 9/14(水) 6:00配信

久保の獲得を決断したのは元スペイン代表のアモール。

 現在、15歳。年齢的には東京五輪世代のひとつ下の世代だ。しかし、あの強豪バルセロナに見初められた久保建英が、“飛び級”で2020年の主役になることを願う者は少なくない。一方で、やむなくこの超逸材を手放したバルサ関係者は夢見ている。3年後、18歳になった“タケ”を取り戻す日を――。
文:オリオル・ドメネク(ムンド・デボルティーボ紙)
翻訳:豊福 晋(サッカーライター)
 
――◆――◆――
 
“TAKE(タケ)”こと久保建英(くぼ・たけふさ)は、現在のサッカー界においても、最も将来を有望視される若手のひとりだ。
 
 まだ15歳という年齢にもかかわらず、その背中に大きな期待をかける人は数知れない。もちろんその代表は彼の母国である日本と、世界最高のフットボールクラブ、FCバルセロナだ。日本人とカタルーニャ人は、久保という才能が開花し、未来のサッカー界のスターになることを願っている。
 
 日本の夢、それは久保が2020年の東京五輪で主役になること。そしてバルサのそれは、彼がサッカー史上最高の選手であるリオネル・メッシの後継者になることだ。
 
 久保はここまでの短いサッカー人生の中で、サッカーを謳歌し、同時に苦しみもしてきた。
 
 2001年6月4日に神奈川県川崎市で生まれた久保は、福岡のFCバルセロナスクールで頭角を現わした。初日から関係者を驚かせるプレーを見せたという。09年に横浜で開催されたバルサキャンプでMVPに輝く活躍を見せてからのスクール参加だった。クラブに久保獲得を進言したのは、この横浜でのキャンプのテクニカルディレクター、オスカル・エルナンデスと、福岡のバルサスクールで指導を担当したイバン・パランコのふたりである。
 
 誰の目にも、久保の才能は明らかだった。オスカルとイバンは急がなければと思った。久保に熱視線を送っていたのは、なにも彼らバルサ関係者だけではなかったからだ。その頃、ヨーロッパの他のビッグクラブは、すでに久保の両親との接触を図っていたのである。
 
 オスカルとイバンは急ピッチで獲得の手配を進め、彼らの尽力でクラブは久保をバルセロナに招待し、サン・ジョアン・デスピの練習場で入団テストを受けさせることができた。
 
 鍵を握ったのは、当時のバルサでカンテラ(下部組織)のディレクターを務めていたギジェルモ・アモール。現在は監督としてオーストラリアのアデレード・ユナイテッドを率いる元スペイン代表MFは、この少年の能力をことのほか高く評価した。そして、2010年4月にベルギーで行なわれた国際トーナメントに、バルサスクール・チームの一員として参加し、ここでも見事MVPに輝いた久保の獲得を決断したのだ。

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◆プロフィール
久保建英(くぼ・たけふさ)
2001年6月4日、神奈川県川崎市生まれ。167センチ・59キロ。小学1年で地元の川崎市麻生区の少年少女を対象にした「FCパーシモン」に入団。小学3年からは1学年上の川崎フロンターレU-10でプレー。09年に横浜で開催された「FCバルセロナキャンプ」で脚光を浴び、11年8月にバルセロナの下部組織に加入する。チームの中心選手として活躍するが、その後、未成年の海外移籍を禁止するFIFA規約第19条に抵触するとして、バルサでの公式戦出場を禁じられると、15年3月に帰国を決断。FC東京U-15むさしに入団する。現在は飛び級で、FC東京U-18でプレー。U-17日本代表にも名を連ねる。
 
※『サッカーダイジェスト』9月22日号(9月8日発売)より抜粋。
 

最終更新:9/16(金) 16:05

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