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<News Navi>民族という“区分”が生む対立 人間の営みが照らす“争いの愚”〈サンデー毎日〉

mainichibooks.com 9月15日(木)12時7分配信

 ◇人間の営みが照らす“争いの愚”

ジョージア(グルジア)映画に魅せられた。ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督「とうもろこしの島」、ザザ・ウルシャゼ監督「みかんの丘」。これは岩波ホールの原田健秀さんが直接2人の監督に会いにいった力の入れようで、映画は見応えがあった。

 2本とも、ソ連の崩壊後、これまで普通に暮らしていた人々が「アブハジア紛争」という民族間の争いに巻き込まれ、翻弄(ほんろう)される物語だ。

「とうもろこしの島」は、アブハジアとジョージアの国境を流れる川の中州(島)に老人と少女が小屋を建て、とうもろこしを植える話。老人はちょっと勝新太郎似だ。孫娘の少女は、両親を紛争(内戦)で亡くしている。

 川の両岸では敵対する兵士のにらみ合いがつづき、時折、兵士の軍用ボートが通り過ぎ、ちらりと少女を眺めたり、けたたましい銃声も響く。そんな中で、2人は黙々と種をまき、苗を育て、やがてとうもろこしの森をつくる。

「ここは誰の土地?」と少女。「耕す者の土地だ」と老人。コーカサス地方の大自然に心が洗われる。まるで寓話(ぐうわ)のようだ。―と、その畑の中に瀕死(ひんし)の敵兵が......。

「みかんの丘」は、内戦下のみかん畑があるエストニア人の集落が舞台。集落とはいえ、今は2人の老人だけでみかんの収穫もままならない。やがて銃撃戦が起こり、老人たちは負傷した2人の兵士を介抱するはめに。2人は敵同士で「ブッ殺してやる」「おれの国だ、出ていけ」などとののしり合うが、老人は「おれの家で殺し合いはするな」と戒める。2人は次第に打ち解けていくが、そこが興味深い。

 映画は、小さな土地でエストニア人、ジョージア人、ロシア人、チェチェン人らが「民族」という区分にしがみついて争っている愚かしさを浮かび上がらせている。

 戦争のさなかにあっても、「とうもろこし」や「みかん」といった自然に根ざした人間の営みからドラマに照明を当てているのがいい。その切なさに胸打たれる。

(木下昌明)

最終更新:9月15日(木)12時7分

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