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落としもの(誕生から二か月と二週間) vol.24<ミサキア記のコソダテ記>

幻冬舎plus 9月15日(木)6時0分配信

三崎 亜記

 ノホホンが生まれる前は、よく妻ちゃんと二人で、海添いの道にドライブに出かけたもんだ。

 「夫さんは若い頃、女の子をこの海に連れてきては、落としてたなあ」

 夫さんは、妻ちゃんにやきもちを焼かせるために、「若い頃はとってもモテていた」設定を崩すことはない。

 「すごーい!  何人くらい、ここで落としたのー?」

 妻ちゃんは、過去のモテモテ夫さんに、興味しんしんだ。

 「そうだなあ、一人、二人、三人……。いやぁ、片手じゃたりないかもしれないなぁ」

 「夫さん、ひどい!  こんな波の荒い海に、何人も女の子を突き落としてきただなんて!」

 「そう、どぼーん、どぼーんって……って、おいっ!」

 なんてノリ突っ込みをかまして、いつもこの会話は終わるんだ。

 そしていま、夫さんが「落としてる」女の子と言えば、もちろんノホホンだ。

 「妻ちゃーん、ノホホンお風呂あがったよー!」

 いつものように「塩対応」で、身じろぎ一つしないままの入浴を終えたノホホンを、脱衣場で身体を拭いてあげておくるみ状態にして、妻ちゃんを呼ぶ。

 脱衣場にやって来た妻ちゃんは、「落ちてる」ノホホンを発見して、目を輝かせる。

 「あれっ!  こんな所に、可愛い赤ちゃんが落ちてる!」

 そう言って、周囲を伺うようにきょろきょろする。

 「持ち主はいませんかー?  いないなら、ひろっちゃいますよー」

 そう言って、恐る恐るノホホンを拾い上げる。道端で拾ったものなら、交番に届けなきゃいけないが、家の中で拾ったノホホンは、すぐさま所有権を主張できるんだ。

 「かわいい子、ひろっちゃったー!  うちで大事にそだてちゃおーっと!」

 妻ちゃんは、小躍りしながらノホホンを連れていく。

 「いつか誰かにノホホンをそろそろ返してくださいって言われるんじゃないか」恐怖症から脱し、ノホホンがずっと家にいてくれるっていう喜びをかみしめている妻ちゃんは、最近はそんな風に、ノホホンが「落ちてた」っていうシチュエーションを何度も繰り返しては、喜びを増幅させているんだ。

 当のノホホンは、妻ちゃんの喜びとは裏腹に、保湿ローションを塗りたくられて、「ふんごーーーっ!」って雄叫びを上げている。

 妻ちゃんの実家に行った時なんかも、夫さんはわざとノホホンを、リビングのど真ん中に「落として」おくんだ。

 これを「桃太郎」的な昔話として語ると、こんな風になる。

 ――昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

 ある日のこと、おじいさんは畑に野良仕事に、おばあさんはお風呂場に洗濯に向かいました。

 野良仕事の合間に家に戻ったおじいさんは驚きました。リビングの真ん中に、可愛い女の子が落ちているではありませんか。

 「おっ、可愛か赤ちゃんが落ちとるぞ!」

 そう言って、おじいさんはノホホンを拾い上げます。三人の孫たちをあやしてきたスキルを遺憾なく発揮し、全身をわしゃわしゃと激しくマッサージして、ノホホンを大喜びさせます。

 ノホホンは、おじいさんに拾われて、末永く幸せに……はならず、おじいさんは農作業があるので、五分ほどノホホンをもてあそんだのち、拾い上げもせずに立ち去ってしまいました。かわいそうに、ノホホンはまたも捨てられてしまったのです

 そこへ今度はおばあさんが、洗濯ものを干し終えてやってきました。

 「あらっ?  こげなとこに可愛か子が落ちとるばい。拾っとかにゃ!」

 そう言って、おばあさんはノホホンを抱きかかえます。でもやっぱりおばあさんも、洗濯機が「ピー」と鳴って洗濯が終了したことを告げると、「はよ干さんと皺になる」と言って、ノホホンを置き去りにして、お風呂場へと消えてしまいました。

 みんな拾ってもすぐに捨てちゃうので、物語はちっとも先に進みませんでしたとさ。

 めでたしめでた……。

 「ちっともめでたくないわよ! (ノホホンの心の声)」

 昔は、「捨て子は丈夫に育つ」と思われていて、生まれた子をわざと一回捨てて、改めて拾って育てるって風習があったそうだ。

 その点で言えば、ノホホンは、一日に何回も、捨てられては拾われるを繰り返しているわけだ。

 丈夫に育つことは、請け合いだ。


■三崎 亜記
1970年福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。2004年「となり町戦争」で第十七回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。直木賞、三島賞の候補ともなった同作は、映画化もされベストセラーに。著書に『バスジャック』『失われた町』『廃墟建築士』『コロヨシ!! 』『海に沈んだ町』『逆回りのお散歩』『ターミナルタウン』『手のひらの幻獣』などがある。新潮社から『ニセモノの妻』好評発売中。

最終更新:9月15日(木)6時0分

幻冬舎plus