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EUの歴史を消滅させかねない、イギリスの離脱

Meiji.net 9/15(木) 14:18配信

EUの歴史を消滅させかねない、イギリスの離脱
川嶋 周一(明治大学 政治経済学部 准教授)

 イギリスが国民投票によってEU離脱を選択し、メイ新首相によって、これから離脱交渉が始まります。それによって日本とイギリスの今後の関係が変わってくるので、関心をもっている人は多いと思います。
 しかし、目の前のことばかりに気を取られていると、大事なことを見失う恐れがあります。あらためてEUの歴史から振り返ってみると、ことの本質が見えてくるのではないでしょうか。

◇第2次世界大戦で犯した罪の反省から始まったEU

 EU(欧州連合)には単一市場をつくる経済連合という側面ばかりではなく、もう二度とヨーロッパで戦争を起こさないという強い理念があります。それは、第2次世界大戦の強烈な体験から生まれたものです。

 この大戦で、ヨーロッパでは兵士だけで1千万人、民間人を含めると3千万人近い人が亡くなったといわれています。そればかりではありません。
 ドイツではユダヤ人を対象とする大虐殺(ホロコースト)がありました。近代と呼ばれる時代が始まって以降、ヨーロッパは世界の中心であり、最先端の文化を誇り、他の地域の人たちに対して優れた存在であるという意識をもっていました。

 ところが、第2次世界大戦で自分たちが犯した罪はあまりにも酷いものでした。この思いはドイツだけでなく、ヨーロッパ各国において共有する感情となり、この慚愧の念と、贖罪の思いがヨーロッパを統合しようという強い意思になっていったと思います。

 国と国とは仲良くできないもの、国家間の戦争は避けられないものという考え方が国際政治の基本であるのならば、その基本に挑戦し、ヨーロッパを統合し国家間の戦争を避けることを実現しようとしたのがEUなのです。

 もちろん、ことはそう簡単ではありません。EUを設立するまでには非常に長い時間をかかり、様々な迂回もありました。
 終戦7年後の1952年に設立された欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が第一歩となったものの、最初から政治の統合を実現するのは難しく、経済面を先行させようと、1958年に欧州経済共同体(EEC)が設立され、これら共同体を統合する形で、1967年に欧州共同体(EC)が誕生しました。

 単一市場の構築を進めるとともに政治的統合を目指し、1993年にようやく欧州連合(EU)を発足させました。半世紀近くをかけた、国際的な国家間の関係の常識を覆す積み重ねが、EUの歴史でもあるのです。


◇歴史に根ざす感情が違っていたEUとイギリス

 その間、イギリスは大陸ヨーロッパと一線を画し、独自路線を歩んでいました。しかし、脱植民地化に直面したことなどにより経済不振に陥り、ついに1960年代の初めにはEECに加盟を申請します。

 しかし、フランスの反対にあって認められず、1973年にようやくECへの加盟が認められました。イギリスの加盟理由は、自国の国力を維持するという思惑が強く、経済的な理由によるものです。

 第2次世界大戦でヨーロッパが犯した罪から逃れていたイギリスにとっては、なぜ大陸ヨーロッパの罪滅ぼしのプロジェクトに参加しなければならないのか、という感情があっても不思議ではありません。
 結局、イギリスと大陸ヨーロッパの歴史的な感情に根ざす違いが、その後、イギリスのEUに対する関係に棹を差し続けることになります。

 今回、イギリスの国民がEU離脱を選択した理由には、イギリス社会における格差の拡大があると思います。
 EUに限らずグローバル化が進んでいる現代では、各国で国内の経済的格差が進んでおり、経済的弱者の立場に取り残されていく人たちの数は少なくなく、その人たちは少数派の裕福な層に対する反発や不満を強めています。
 イギリスではEUによって得をした人たちが裕福なエリート層になっていくため、EUが裕福な層のある種のシンボルとなってしまい、反発や不満がEUに向けられることになったわけです。

 例えば、フランス語やドイツ語などもしゃべれる高学歴の人たちは、域内で自由に移動しビジネスができるEUのシステムによって、エネルギッシュに活動ができます。それに反して、英語しかしゃべれないためにイギリスから出てビジネスをすることもできない低学歴層はEUの恩恵にあずかれず、経済的格差は開いていくばかりです。
 実際、EU残留派は都市部に住んでいる経済的に余裕のある若い人たちが中心で、離脱派はどちらかというと地方に住んでいて、経済的に恵まれていない労働者階級の人たちが中心でした。

 さらに、ギリシャ危機で現われたように、EUの経済政策が上手く機能していないことや、難民に対するEUの政策が定まらないことなど、もともとイギリスがEUに対して抱いていた不満や不信感が募ったことも大きな要因となりました。

 しかし、EUの観点から見れば、イギリスのEU離脱は、第2次世界大戦後のヨーロッパと、ヨーロッパとつながっている世界全体の歴史の積み重ねを消滅させかねない、非常に大きな事件であるといえるのです。


◇フランスにも不安定要素があり、離脱交渉が難しいのはEU側

 第2次世界大戦の反省から始まったEUは、間違いなく良いものです。しかし、すべての人が良いと思っているわけではありません。
 EUの良さはその理念にありますが、多くの人にとっては理念よりも、「EUによって自分が得をするならあってもよいもの」です。

 それが今回、「EUは良くないのだ」、「何の役にも立たないのだ」と、イギリスが判断したということは、EUの理念そのものが間違っていると捉えられ、その存在理由に対する大きな打撃となりかねません。
 それに、日本から見ると、ヨーロッパの国々はどれも歴史と文化があり、経済的にも豊かだと思いがちですが、イギリス、フランス、ドイツを除けば経済的にも地理的にも小さな国々なのです。小国が独力でできることは限られています。

 しかし、良くも悪くも国境線が入り乱れる歴史をたどってきたヨーロッパは、共有の文化圏を創り上げてきました。
 だからこそ、ひとつになることが可能であり、ひとつになることによって一国では得られなかった利益を得ることができるという考え方が、理念とは別にありました。それがいま、イギリスの離脱によって危機にさらされているのです。

 これからイギリスとEUの離脱交渉が始まります。日本では、離脱を選択したイギリスがいばらの道を歩むことになると思われがちですが、むしろ、舵取りが難しいのはEUの方だと思います。
 ドイツのメルケル首相は、イギリスの「いいとこ取りは許されない」と言っていますが、イギリスとの関係が悪化するような厳しい条件を突きつけると、EU各国内にある反EU感情をさらに掻き立てることになりかねないからです。

 フランスには1972年に創設され、1980年代から本格的に活動を開始した国民戦線という党があります。
 当初、移民排斥や反EUを掲げる極右の党の主張は、フランス革命以来「自由 平等 博愛」の理念をもち、また第2次世界大戦の記憶が強く残るフランスの人々にとって色物のような存在で、相手にされませんでした。

 ところが、2002年の大統領選挙で、既存政党に対する批判票などを集め、党首のジャン・マリー・ル・ペンが上位2名の決選投票に残り、世界中を驚愕させました。
 現在は、娘のマリーヌ・ル・ペンが党首に就き、さらに広範な支持者を獲得し始めています。来年行われる大統領選挙では、「善戦する」から、「もしかすれば勝つのではないか」とさえ言われています。
 2017年はイギリスのEU離脱交渉と、このフランス大統領選挙が並行して進むことになります。EUがイギリスとの離脱交渉を誤れば、フランス大統領選挙の結果とあいまって、EUはさらに極めて危機的な状況に陥ることになりかねないのです。

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最終更新:9/15(木) 14:18

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