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蓮舫氏の二重国籍は「過失」ではなく「故意」か?

メディアゴン 9月15日(木)7時40分配信

藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

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二重国籍問題で、自身の認識の甘さと手続きの杜撰さが指摘され、国会議員としての資質も疑問視されている民主党・蓮舫氏。

「17歳で台湾国籍を放棄した」と言ってみたかと思えば、25歳の時に中国国籍と語る新聞記事が出てきたり、はたまた30歳の頃には台湾国籍と発言していたり、2004年の参院選出馬時にも台湾国籍の放棄手続きをしていなかったり・・・と、もはや杜撰を通り越して、異常だ。

メディアでは、蓮舫氏の杜撰さや手続き不備、あるいは、不正確な記憶に対する「不適切」「不見識」が批判の中心だ。しかしながら、今回の二重国籍問題は、蓮舫氏の手続き不備や記憶違いといったレベルの事象ではない、と筆者には思える。

そこには、現在の日本のメディアや芸能界全体の潮流やブームに「乗っかった」蓮舫氏の狡猾なブランディング戦略が見え隠れする。つまり、蓮舫氏の二重国籍は、手続きの不備による過失ではなく、むしろ、意図的に二重国籍を維持しようとした故意の結果ではないか、と感じるからだ。

近年、芸能界は「ハーフ」や「クォーター」タレントが花盛り。テレビも雑誌も美形のハーフやクォーターたちに彩られている。もちろん、日本の急速なグローバル化に伴い、多様な出自、多様な文化やバックグラウンドを持った人たちが日本社会で活躍することは歓迎すべきことだ。そしてそれがブームになっていることは、やや供給過剰ぎみとはいえ、魅力的なメディアの発展のためには喜ばしいことでもある。

従来、ハーフやクォーターのタレントと言えば、日本人と西洋人で組み合わされた「西洋人顔の美形」がイメージされてきた。最近でも、そういったハーフの容姿を意識した「ハーフ顔メイク」が流行るなど、「西洋人顔の美形」は日本における根強いハーフ像といえる。

しかしその一方で、近年では、日本人+中国人などのように、従来であれば日本人タレントとして活動していたであろう「見た目的にはハーフやクォーターとは思われない」が国籍/血統的にはハーフ、といった人たちは多い。日本人としてではなく「意外にもハーフ」というキャラクターで知られ、活躍している人も少なくない。

例えば、渡辺直美(父・日本+母・台湾)、一青窈(父・台湾+母・日本)、水沢エレナ(父・日本+母・韓国)などは有名だ。もちろん、中国や韓国ほどではないにせよ、フィリピンやブラジル(日系)など、容姿が日本人と似た人種とのハーフやクォーターで「日本人にしか見えないミックス系タレント」を入れれば、その数はさらに増える。

このようなハーフ/クォーター認識の変化の背景には、グローバル化の進む日本における多様性、新しい個性の広がりがある。見た目的には「単なる日本人」でも、ハーフ/クォーターという国籍的な多様性が、今日「個性」の一つとして、自分を魅力化させる武器になっているわけだ。「単なる外国人」よりもハーフやクオーターの方が日本人としての親近感がわく、という理由もあるかもしれない。

見た目もさることながら、「ハーフ」という設定と言葉に、多様性の魅力やブランドが付与されている事実。それは、ショーンKこと川上伸一郎氏のように、「人工的なハーフ設定」を作り込む事件が起きるほどだ。

さて、蓮舫氏だが、彼女の場合は台湾人の父と日本人の母のもとに生まれたハーフである。しかも、出生時の国籍法とその後の法改正の流れから、二重国籍者となっていた。二重国籍になった経緯こそ故意ではないが、その維持はどう考えて本人の意思であると考えるべきが自然だ。そもそも国会議員である以上、国籍を意識したり、確認したり、不備があればそれを修正するチャンスは、普通の人以上にあったはずだからだ。

二重国籍の故意性は、自分の子供に中国風の名前をつけたり、戸籍名である「村田蓮舫」は名乗らず、「蓮舫」という中国名だけを利用しているなど、彼女の日々のブランディング戦略からも散見される。少なくとも、タレントでもある蓮舫氏にとって、二重国籍という事実は、手放しがたい魅力的なツールであり、設定という意識はあったはずだ。

国会議事堂内でハイブランドの最先端ファッションで身を固め、ファッション誌の撮影をするぐらいの蓮舫氏である。流行には敏感であろうし、より個性的なキャラクター設定の維持やブランディングには人並み以上の関心があったはずである。

蓮舫氏が自身のブランディングやキャラクター維持のために、あるいはより長期的な戦略のために「違法ではなく、手続き不備」という盲点を突いたテクニックで、道義的・良識的には許容しがたい二重国籍状態で日本の国会議員を演じ続けているとすれば、政治家という職業すら、彼女のブランディングツールでしかないのではないか、と思えてしまう。

もちろん、現段階では、二重国籍であることに目先の利益はない。それでも、長い目で見れば、様々な利用方法の可能性が広がるのが二重国籍の魅力だ。台湾国籍であれば、保持していても差し迫ったマイナス要素はない。

二重国籍という事実が「過失」ではなく「故意」だとすれば、不適切といった批判では収まらない、もっとシビアな問題だ。「不備でした。ゴメンなさい」と「意図的に二重国籍でした。バレました?」では同じ二重国籍でも、意味合いも印象も大きく異なる。むしろ、「国会議員にもかかわらず手続き不備」という点に批判が向くことは、蓮舫氏にとっては、ダメージを最小限に抑える落とし所でさえある。

有権者は、日本人・村田蓮舫に一票を投じたのであり、台湾人・謝蓮舫に投じたわけではないはずだ。民主党政権時代、日本の国際競争力や安心安全をバサバサと切り捨てる「事業仕分け」をした当事者が外国籍保有者だった・・・という事実を考えると、不可抗力に起因する法の盲点とはいえ、やはり恐ろしい。

日本国籍者の外国籍放棄は、現行法では「努力義務」に過ぎないため、公職選挙法による罰則規定や当選無効などはない。しかし、事態の重大さを考えれば、15日投開票の民進党代表選の延期もさることながら、国会議員を辞職し、改めて一人の日本人として立候補し、国民の信を問うべきではないのか。

藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

最終更新:9月15日(木)7時40分

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