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古代祭祀の面影残る三女神降臨の地!「宗像大社」を訪ねる

サライ.jp 9/15(木) 22:20配信

天照大神(アマテラスオオミカミ)が治める高天原に下ってきた弟神・須佐之男命(スサノオノミコト)。警戒する天照大神に対し、須佐之男命は誓約(うけい、占いにより正否及び吉凶を判断すること)をして子どもを生もうと提案する。生まれた子どもが心優しい女の子であったことから、須佐之男命は自身に謀反の心がないことを証明した。その際に誕生したのが、多紀理毘売命(タキリビメノミコト)、市寸島比売命(イチキシマヒメノミコト)、多岐都比売命(タギツヒメノミコト)である。

この“宗像三女神”(むなかたさんじょしん)を祀る神社は、全国に約6,200社以上もあるという(有名な広島の「厳島神社」や神奈川の「江島神社」もその一つだ)が、今回はその総本宮である、福岡県宗像市の「宗像大社」(むなかたたいしゃ)を訪ねた。

■天照大神の神勅により降臨した宗像三女神

宗像大社では、多紀理毘売命を田心姫神(タゴリヒメノカミ)、市寸島比売命を市杵島姫神(イチキシマヒメノカミ)、多岐都比売命を湍津姫神(タギツヒメノカミ)と呼びお祀りしている。『日本書紀』によれば、天照大神の「天孫を助け奉り、天孫に祭られよ」との神勅により、宗像三女神はこの地に降りられたという。

田心姫神は玄界灘の真ん中に浮かぶ沖ノ島の沖島宮に、市杵島姫神は九州本土・宗像市の辺津宮に、湍津姫神は本土から約10km沖にある大島の中津宮にと、三女神はそれぞれ別の場所に祀られている。

大陸との交通の要路にあたる「海北道中(かいほくどうちゅう)」に祀られる三女神は、道主貴(ミチヌシノムチ)とも呼ばれ、あらゆる道を導く最高神として崇敬されている。

なお、我々が「宗像大社」と呼び参拝する本土の社は辺津宮の神域にあたり、こけら葺きの屋根が美しい本殿には市杵島姫神が祀られている。ちなみに、市杵島姫神は神仏習合により七福神の弁財天と同一視されることもあり、三女神の中ではもっとも名の知れた神様だ。

■三女神が降臨されたとされる古代祭場跡

本殿の左手前にある高宮参道を通り、本殿裏側の第二宮・第三宮へと向かう。

左右に並んで建つ右側の第二宮に田心姫神の分霊が祀られ、左側の第三宮に湍津姫神の分霊が祀られている。これらを巡ることで、本土に居ながら、海に浮かぶ沖島宮も中津宮も参拝したことになるという。

次に向かうのは、本殿の右奥にある高宮祭場。三女神が降臨された神域で、古代祭祀の面影が残る貴重な祭場だ。樹木に覆われ木漏れ日が差す祭場は神々しい雰囲気に満ちていた。

■神が宿る島「沖ノ島」から出土した8万点もの宝物

田心姫神をお祀りする沖ノ島は神が宿る島として厳格な掟が存在する。女人禁制で、男性も一般人は許可なしでは入島できない。普段は、宗像大社の神職が10日交代でたった1人常駐し、毎朝海中で禊をしてから祭祀を行っているそうだ。禊は嵐の日も、極寒の日にも欠かさない。

沖ノ島では、4世紀後半からおよそ500年に亘って、ヤマト朝廷による国家祭祀が行われていたという。戦後行われた発掘調査では、銅鏡、勾玉など祭具や装飾品、馬具など8万点にも及ぶ奉献品が出土した。1600年もの長きに亘って遺跡の奉献品が手つかずのまま残っていたのは、「一木一草一石たりとも持ち出すことは禁ずる」という掟のためだと考えられている。

出土品はすべて国宝に指定されており、一部は境内の神宝館で見学できる。宗像大社を参拝したら、ぜひこちらも見学を。古代祭祀や対外交渉の歴史、宗像大社の由緒に迫る貴重な品々にロマンをかきたてられるはず。

【宗像大社】
住所/福岡県宗像市田島2331
TEL/0940-62-1311
神宝館/9:00~16:30(最終入館16:00)
http://www.munakata-taisha.or.jp

※参考:『古事記』(著・梅原猛/学研M文庫)

取材・文/小野寺佑子

最終更新:9/15(木) 22:20

サライ.jp

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