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逮捕と拷問から17年、死刑が“無罪”となった戦後の冤罪「仁保事件」【大量殺人事件の系譜】

週刊SPA! 9月15日(木)9時10分配信

 自分の娘を殺害した殺人罪などで無期懲役が確定し、およそ20年間服役。その後、昨年10月に釈放された母親とその元夫。今年8月、この「東住吉事件」の再審公判で、大阪地裁は2人に対し無罪判決を言い渡した。冤罪事件である。身に覚えのない濡れ衣を着せられる冤罪は、間断なく発生し、今なお後を絶たない。

◆仁保事件(1954年)大量殺人事件の系譜~第7回~

 死刑か無罪か。地獄と天国ほどの開き。究極の、文字通り、生死を懸けた闘い――。一家6人が惨殺された大量殺人「仁保事件」は、1954(昭和29)年に山口県大内村仁保(にほ)で起きた著名な冤罪事件だ。

 同年10月26日深夜、農業を営む一家6人が就寝中に鍬でめった打ちにされ、刃物で首や胸を刺され惨殺された。その殺害方法の残忍さから、当初は怨恨が疑われた。200名を超える容疑者・不審者がリストアップされたが、いずれも決定打がない。捜査は難航、迷宮入り寸前だった。

 1年後。地元出身のO氏が、大阪で逮捕される。別件での容疑だが、仁保事件を念頭に入れていることは明らかだった。事実、逮捕から2週間が経つと、殺人容疑の取調べが始まっている。それは考えられないような、激しく厳しいものだった。自白を強要し、意にそぐわないと時代錯誤のような拷問をする捜査当局。その暴行の様子を、O氏本人は次のように語っている。

<拷問でも、なぐられたり、けられたりするのは、まだまだ我慢できます。でも、毎日毎晩、夜中の二時三時まで正座させられ、真冬に素っ裸にされて、背中からタラタラ水を流されたり、ウチワで“バサバサ”あおがれたりしてるうちに、メシは食えなくなるし、小便はタレ流しになる。水が欲しいのに、口元までコップを持ってくるだけで、飲ませてくれない>(『現代』1972年12月号)

◆やっていない犯行を自白させる警察の拷問

 こうした非人間的な扱いに耐えかね、やがて、捜査当局のシナリオ通り、やってもいない犯行を自白せざるを得なくなったのだ。完全な見込み捜査。自白を偏重した要因は、実は警察のメンツにあった。O氏を犯人と断定する物的証拠が何ひとつなかったにもかかわらず、事件から1年が経過し焦りを見せていた警察は、威信を示したかったのだ。唯一の証拠が容疑者の自白だが、これには証拠能力がない。憲法38条が次のように謳っているからだ。

<強制、拷問もしくは脅迫による自白または不当に長く抑留もしくは拘禁されたのちの自白は、これを証拠とすることはできない。何びとにも、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、または刑罰を科せられない>

 もちろんO氏は、公判で無実を一貫して主張している。しかし、1・2審はともに死刑判決が下った。裁判官は必ず真実を明らかにする。正義を守る。そう固く信じていた被告は、絶望的な状況に陥ってしまった。司法にも裏切られ、捜査陣のメンツのために殺されてしまうのか。しかし1970年、最高裁は次のように指弾し、審理を高裁に差し戻した。

<原判決には、いまだ審理を尽くさず、証拠の価値判断を誤り、ひいては重大な事実誤認をした疑いが顕著であって、このことは、判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められる>

◆逮捕から17年、死刑判決から「無罪」へ――

 1972(昭和47)年12月、広島高裁の差し戻し審で無罪判決が下された。検察側は上告を断念、逮捕から17年を経て、ようやく無罪が確定したのである。ひとりの無実の人間の生命が、権力によって葬り去られる寸前だった。死と隣り合わせだった17年間の恐怖は、あまりにも重く深い。

 現代でも冤罪はなくなっていない。戦後、死刑確定後に再審で無罪になり、自由を取り戻したのは4例ある。また2014年3月には、48年間も獄中に拘禁されてきた確定死刑囚・袴田巖さん(80)の再審開始が決定、釈放され無罪判決を待っている。袴田さんはDNA鑑定で犯人でないことが明らかとされ、再審開始の決定をした地裁は「捜査当局が証拠の捏造をした疑いが強い」「耐え難いほど正義に反する」とまで言い切っている。ほかにも、足利事件や東電OL事件をはじめ、重大な冤罪事件は少なくない。誤った判断で死刑が執行されてしまった無実の人もいる、とさえいわれている。

 裁判に誤判は存在する。それを正す再審が、制度としてはある。しかし、その門戸は限りなく狭い。もし、誤判とするに足る事実が少しでもあるのであれば、再審制度を絵に描いた餅にしないためにも、勇気ある実践が必要ではないだろうか。

 仁保事件の真犯人は、いまとなっては誰にもわからない――。

<取材・文/青柳雄介>

日刊SPA!

最終更新:9月15日(木)9時10分

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