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見たことのない表情を求めて──進化する伝統工芸

GQ JAPAN 9/16(金) 11:31配信

伝統工芸は先人の知恵と技術の蓄積からなる世界。ただ、歴史をひも解けば、その時々で新しい挑戦をしてきた。匠の技でその領域を広げる若手が見つめる視線の先。

【進化する伝統工芸の若手職人 その他画像】

伝統を前進させる堀口徹のチャレンジ──江戸切子の可能性を拡張

職人に憧れて江戸切子の道を選んだ。江戸切子の世界で、最年少で伝統工芸士になった堀口徹さんのある決意。

35歳のとき、当時の江戸切子業界に14人しかいなかった日本の伝統工芸士に認定された。とはいえ、江戸後期に生まれたこのガラス細工は、他の伝統工芸と比べると歴史は浅く自由度も高い。それなら、もっとその領域を広げられるチャンスがあるんじゃないか。そう思い、同業者から見れば、異端と思われるようなことでも積極的にやってきた。

「最新の技術でもよければ使うし、江戸切子の技法でなければできないことなら、いろんなことに挑戦したい。伝統工芸といえども、時代に寄り添いながら変化していかなければならないと思うんです。みんなに必要とされなければ、存在する価値がなくなってしまいますから」

ホテルや商業施設の照明なども手がけ、過去にはジュエリーブランドのパッケージに使う瓶やアウトドア用品メーカーのランタンにもガラス細工を施した。変わったところではPerfumeのステージ衣装の柄を作品として制作・提供したことも。

「これからは、いままで見過ごされてきた切子の意匠にストーリーを込めて、それを伝えていきたいと思っています」

作家として時代を見極め、職人として技にこだわる。自分にしかできない表現を探して今日も真摯にガラスと向き合う。

堀口徹
堀口切子 代表/江戸切子作家
1976年東京都生まれ。青山学院大学卒業後、99年に父親が営む「堀口硝子」に入社。二代目秀石(須田富雄 江東区無形文化財)に師事後、「堀口切子」を創業。日本での展覧会のほか、海外でも作品を発表し、高い評価を得ている。

宮大工のフィルターを通じてカルチャーを発信、大場康司──匠の技でつくるスケートボード

若いころはスケートと音楽漬けの日々を送り、24歳で一念発起。宮大工の道に進んだ、新しいタイプの職人の姿。

なんでも自分でつくってしまうアメリカ西海岸のDIYカルチャーに憧れた。その最高峰が大工だと思い、宮大工の親方に弟子入りした。修業を終え、久々に趣味のスケボーを再開しようと思ったら、乗りたい板がない。そこで仕事の合間に自作してみたら、仲間の間で評判になり、ついには「ウッデン トイ」という名前でブランドを立ち上げるまでになった。

有力ショップでコーナー展開されるほど成長したいまも、本職はあくまでも大工だといい、そこに誇りをのぞかせる。

「宮大工とスケートボードではつくるものはまるで違いますが、技術や道具は似ているし、実は共通点も多いんです。この2つの世界が互いに影響し合って、いまの自分になっている気がします」

大場さんがシェイプするスケートボードは1本ずつ色や形が違い、仕上げに手間を惜しまない。板は一枚ずつ切り出し、かんなを使ってフォルムを整える。その後もヤスリで削るだけでなく、面をどこで止めて、どこで角を出すかなど、普通の人にはわからない部分にもこだわりを込める。すべての工程が手作業のため、月産15本程度が限界。でも、そうして生み出された世界にたったひとつのスケートボードは、どこか温かくて愛着が湧く。

「日本の伝統工芸職人だからといって、仕事を神社仏閣に限定するつもりはありません。宮大工で得た知識や技術をいまのデザインにも生かしていきたい」
ランプでオーリーをきめるように、大場さんはその仕事でも、現代と過去、日本とアメリカの垣根を軽々と飛び越える。

大場康司
大場組 代表取締役/ウッデン トイ デザイナー
1968年東京都生まれ。24歳のときに宮大工の親方に弟子入りし、30歳で独立。建設会社を経て、37歳で「大場組」を設立する。神社仏閣などの修復を手がける一方、2008年にはスケートデッキブランド「ウッデン トイ」をスタートさせる。

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最終更新:9/16(金) 11:31

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