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戦国の名将の妻たちに学ぶ“男を出世させる“コツ

@DIME 9/16(金) 7:20配信

 巷にまん延しているモテテクによれば、常に控えめで男性のプライドを上手にくすぐるのがイイ女なのだそうだ。「さすが」「知らなかった(知ってても知らないフリ)」「すご~い」を連発し、あえて下手に出ることで男性に優越感と自信を抱かせる。キツい物言いやアドバイスは、男性を傷つけてしまうので厳禁なのだとか。

 ところで、昔の日本人女性はどんな風に振る舞っていたのだろうか?「昔の女性っていうのは常に控えめで口ごたえせず、男をきちんと立てていたんだよ」と説教をしてくる年配男性がたまにいるが、こと戦国時代に関しては必ずしも当てはまらないようだ。

■家臣や領民からの信頼も厚かった…豊臣秀吉の正妻・おね(ねね)

 戦国時代、農民から天下人にまで昇りつめた豊臣秀吉の正妻・おね(ねね)は、人望もありスバ抜けて頭が切れる女性だった。ふだんは穏やかだが、ここぞというときにははっきりと自分の意見を主張する女性で、動乱の中、夫・秀吉の頼れるビジネスパートナーとしても辣腕をふるった。

 十代の頃に、当時はまだ身分の低い農民だった秀吉(当時は木下藤吉郎)と恋愛結婚。その後、秀吉は天下統一を果たしたのだから、“男を見る目”も並大抵ではなかったようだ。

 秀吉・おね夫妻は“かかあ天下”として有名だが、言い伝えによるとおねは温厚で面倒見のよい人柄だったという。夫のみならず、その主君である織田信長や、夫の家臣・領民からも信頼が厚かった彼女には、こんな有名なエピソードがある。

 信長が北近江の浅井長政を滅ぼした小谷城の戦いでの活躍を評価された秀吉は、長浜城(滋賀県長浜市)を信長から与えられ、初めて城持ち大名となった。

 自分の城下町に人を集めるため、秀吉は“年貢免除”を発表。今でいう経済特区のような制度を導入して、城下町を繁栄させようとした。“年貢免除”が功を奏して、またたく間に長浜の町は人であふれ、活気づいた。ところが、思ったよりも人が多く集まりすぎたことや、領民が減った近隣諸国の大名からの苦情を受け、しばらくしてから秀吉は“年貢免除”を廃止する意向を発表した。

 年貢免除のために引っ越してきたのにすぐに廃止されたのでは、町衆はたまったものではない。困った町衆は、話のわかりそうなおねに直談判した。戦国時代は、戦や外交で不在がちだった武将である夫に変わって、妻が“城主代理”として城内を取り仕切り、家臣の面倒を見たり、町衆の意見を聞いたりすることも少なからずあったようだ。

 町衆の必死の訴えを聞き、ふびんに思ったおねは、夫である秀吉に対し“年貢免除”を継続するよう説得する。秀吉も、おねの人望と才覚には一目置いていたので、おねの言うとおり“年貢免除”廃止を撤回した。その後、長浜の城下町は大いに栄え、秀吉も町衆からの絶大な人気を獲得できた。

■妻の的確なアドバイスで激動の時代を生き抜いた…山内一豊の妻・千代

 信長・秀吉・家康という3人の君主に仕え、戦乱の世を生き抜いた戦国大名・山内一豊の妻・千代も、聡明で勇気ある女性として有名だ。一豊が最終的に土佐藩初代藩主にまで出世したのは、もちろん本人の努力もあるだろうが、千代の貢献もかなり大きいと言われている。

 “内助の功”の好例として取り上げられることが多い千代だが、自主性が強く、政情を的確に予測しながら夫に助言を行っていたため、三歩下がって夫を立てているイメージの強い“内助の功”よりも“ビジネスパートナー”や“共同経営者”といった言葉のほうがしっくりくる。

 最初の主君・信長の目にとまるよう嫁入りの持参金とヘソクリをあわせて名馬を購入した(諸説あり)、貧乏時代にはハギレを使ってセンスの良いパッチワーク着物を仕立てて主君からも褒められた……など、千代の“デキる女”ぶりを伝えるエピソードは多い。

 中でも、もっとも見事なのが、あの関ヶ原の戦い前夜に“家康に書いた手紙”のエピソードだ。主君・秀吉の死後、家臣は分裂。一豊は徳川家康派についたのだが、家康とともに会津に遠征中に、敵対する石田三成派が兵を挙げた。このことを知らせるため、大阪の千代は急いで手紙を書いたのだが、ただ単に三成の挙兵を知らせるだけではなかったのが彼女のすごいところ。

 千代が家臣に持たせた手紙は二つ。ひとつは一豊宛ての密書で、「もう一方の手紙は開封せずに家康様に渡すように」と書かれていた。もうひとつは家康に渡すため(宛名は一豊)の正式な手紙で、三成が挙兵したことや大阪の情勢などを伝え、“今後は家康に絶対的な忠誠を誓うよう夫に促す”文章で締めくくられていた。

 一豊は、千代の指示通り、自分宛ての手紙を開封しないまま家康に渡した。手紙の内容によってはとんでもないことになるのに読まずに主君に渡したことで、絶対的な忠誠心と信頼をアピールできた。さらに、手紙の内容にも心を打たれた家康は、その後一豊に土佐藩を与えたと言われている。

■妻のアドバイスも見事だが、夫側も妻をリスペクトしている

 戦国武将の妻側の活躍に重点を置いてご紹介したが、夫側にも共通点がある。それは、妻のアドバイスを尊重し、真剣に耳を傾けていたこと。“イイ女は聞き上手”と言われているが、“イイ男も聞き上手”。「うるさいな。わしを誰だと思っている?お殿様やぞ!?」とか言わないのだ。

 モテテクを磨いてほめ上手・聞き上手を目指す前に、女性の話にもきちんと耳を傾けてくれる男性を選ぶべきではないだろうか。

「女は口ごたえするなー」と自信満々に思いっきり間違った方向に船の舵を切る彼に対し、「さすが」「知らなかった」「すごい」を連発して二人一緒に滝壷に落ちました……ということにならないよう、日ごろから対等に意見を言い合える関係を築いておきたいものだ。

文/吉野潤子

@DIME編集部

最終更新:9/16(金) 7:20

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