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【車いすテニス】銅メダルの上地結衣、東京で「打倒オランダ」の決意

webスポルティーバ 9/16(金) 19:50配信

 リオで最後に臨んだのは、決勝の舞台ではなかった。あと一歩届かなかった金メダル。それでも気持ちを切り替え、3位決定戦では最後のショットまで全力で追いかけた。あふれる涙は激闘の証。上地結衣(かみじ ゆい、エイベックス・グループ・ホールディングス)は、車いすテニス日本女子選手として初めて銅メダルを獲得し、パラリンピックのメダルホルダーとなった。

【写真】男子ダブルスで銅メダルを獲得した、車いすテニスの国枝慎吾

 リオパラリンピック女子シングルスの3位決定戦。上地はディーデ・デ・フロート(オランダ)と対戦し、6-3、6-3で勝利した。第1セット序盤は互いにブレークする展開に。第5ゲームをキープすると、鋭いコースで勝負をかけ、第1セットを奪った。続く第2セットは上地が2-0とリードするが、パワーのあるフロートがバックハンドのクロスからゲームを組み立て、プレッシャーを与えてくる。だが、「しっかりとラリーを続けていればチャンスはある」と冷静に対応して5-3と引き離し、そのまま勝利へと持ち込んだ。

 5日間で、シングルスとダブルス合わせて8試合をこなした。後半はフルセットマッチが3回続き、いずれも落とした。肉体的にも、精神的にも、限界を迎えていた。「これだけのゲーム数をして、これだけ負けたこともなかった」。

 そんな本音をぽろりとこぼす上地を支えたのは、メダルへの想い、そして支えてくれた人たちへの感謝の気持ちだ。

 スーパーショットに沸く地元ブラジル人の歓声に交じって、日本語の声援が耳に届いた。「コートの上では自分ひとりで戦っているんですけど、応援してくださっている方々の気持ちがワンショット、ワンショットに込められていたと思います」。そう語ると、ぽろぽろと涙が頬をつたった。

 高校3年で出場したロンドン大会。その時は大会後にテニスをやめるつもりだった。だが、パラリンピックの雰囲気や国を代表して戦う選手の姿に改めて感動し、考えが変わった。テニスを仕事にするプロ選手となり、世界の舞台で戦う道を選んだ。2014年には全仏でグランドスラム女子シングルス初優勝。初めて世界ランキング1位にもなった。その後はライバルたちとしのぎを削り、世界を牽引してきた。

 車いすテニスの選手にとって、パラリンピックこそが最高峰の舞台。上地を含め、誰もが目指す頂点の場所だ。だが、そこに厳然と立ちはだかる国がある。オランダだ。女子シングルスだけをみると、1988年のソウル大会(この時は公開競技)から、今回のリオ大会まで、実に8大会すべてで、オランダ人選手が優勝。そのうち4大会は、金・銀・銅と表彰台を独占している。その背景には、早い時期から国を挙げた選手の発掘・育成システムが確立されていることがあるが、とにかく長期にわたって強い選手が途切れない。

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最終更新:9/16(金) 20:31

webスポルティーバ

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