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【新刊無料公開】『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』第1章 経営戦略のための統計学(1)

ダイヤモンド・オンライン 9月16日(金)6時0分配信

 ベストセラー『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』の著者・西内 啓氏が、ついに待望の新刊『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を発表。ダイヤモンド・オンラインでは、この『ビジネス編』の一部を特別に無料公開。ビジネスパーソンに必要な「統計力」の磨き方について、ヒントをお伝えします。

 本書で考える経営戦略とは、一部の経営者だけが考えるべきものではない。また、戦略コンサルタントから納品されるマトリックスだけで決めるべきものでもない。全てのビジネスマンが自分の携わる業務を改善するにあたり、自社の戦う市場においての「成功の鍵」を見つけようというものである。戦略的な「成功の鍵」とマッチするかどうかで、その後のデータ分析の価値は大きく左右される。そしてそれが何かを考えるために、「経営戦略マニア」になる必要はない。ごく基本的な競争戦略のセオリーと分析のコツさえおさえれば、自分の業務をどのような方向性で改善すべきかという、全てのビジネスマンにとって重要な知見が得られるはずである。

● コンサルタントはマトリックスがお好き

 名著『失敗の本質』(ダイヤモンド社)において旧日本軍が敗北した原因を鮮やかに描き出した経営学者である野中郁次郎らは、その続編『戦略の本質』(日本経済新聞社)の冒頭で次のように述べている。

 戦後六〇年、横並び競争の下で成長してきた日本は、グローバル競争に直面し、はじめて戦略の持つ意味の大きさに気づき、戸惑っているのではないだろうか。

 『戦略の本質』の初版が出版されてからすでに10年以上たつが、未だに書店で経営戦略について述べる新刊が売れているところをみると、現在においても多くの日本のビジネスマンにとって戦略を考えることは得意なことではないのかもしれない。

 軍事に限らずビジネスにおいても、個別の戦いの勝敗を超えて「そもそもどう戦うのか」という経営戦略は重要な意思決定であり、それ故この数十年間、世界中で経営学者たちの関心を集めてきた研究テーマでもある。一時期は多くの日本企業が高い報酬を支払ってコンサルティングファームに自社の経営戦略を作ってもらうということもよくあったようだ。マッキンゼーやボストンコンサルティンググループ(BCG)といった、グローバルに活躍するコンサルティングファームは経営戦略を考えるための枠組みやツールを持っており、これを習得させることで、採用してきた高学歴な若者たちを短期間で「戦略コンサルタント」に育てあげることができたのである。

 そうしたツールのうちおそらく最も有名なものの1つが、BCGのリチャード・ロックリッジによって生み出された「プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)」あるいは「成長シェアマトリックス」「BCGマトリックス」とも呼ばれる図表1‐1だろう。

 この図表の示すところはすなわち、「企業が取るべき経営戦略の選択肢はここにあるたった2つの要素の組合せだけで判断できる」ということだ。市場成長率というのは「今後市場の規模が伸びていくかどうか」ということであり、相対的マーケット・シェアとは「その市場の中でシェアが取れているかどうか」ということである。

 伸びる市場でシェアが取れているのであれば最優先で投資を行ない、支配的な立場を獲得してその市場からあがる利益を最大限に享受すればいい。成長しない市場でシェアが取れているのであれば、これ以上投資を行なっても回収できない可能性が高いが、他の領域への投資に回すキャッシュを生み出してくれる「金のなる木」である。

 一方、伸びている市場でシェアが取れていない「問題児」の事業がいくつかあるのであれば、そのうち有望そうなものだけを取捨選択し「どのようにシェアを取るか」をよく考えたうえで選択的に投資を行なう。今後市場が伸びるわけでもなく現在シェアが取れているわけでもない「負け犬」事業は、さっさと欲しがる他社へ売却でもして撤退してしまったほうがいい、というわけだ。

 こうした考え方に基づき、1981年から2001年までGEのCEOを務めたジャック・ウェルチは「世界でシェアが1位か2位でない事業からは撤退する」という方針で事業を絞り込み、収益性を大きく向上させた。彼によれば「戦略は簡単だ。問題は実行だ」ということらしい。

 また、もはや経営戦略とは関係ないレベルまで、PPM以上に私たちの会議室へ浸透したツールの中に「SWOT分析」と呼ばれるものがある(図表1‐2)。これは企業あるいは事業や製品、広告戦略といったものまで、取り巻く環境を目的達成に対してポジティブなのか/ネガティブなのかと、内部のものか/外部のものかで整理するという分析方法である。経営戦略に限らず広くいろいろなビジネス書に登場する概念であるため、会議資料で一度くらいは目にした方もいるはずだ。

 今さら説明するまでもないかもしれないが、内部にあるポジティブ要因は強み(Strength)、内部にあるネガティブ要因は弱み(Weakness)、外部にあるポジティブ要因は機会(Opportunity)、外部にあるネガティブ要因は脅威(Threat)であり、SWOTとはこれらの頭文字である。自社においてS、W、O、Tそれぞれに該当するものをリストアップし、今後どう強みや機会を活かしたり、どう弱みや脅威を守ったりすべきか、みたいなことを考えるのだ。

 ちなみにこれは学術的な調査の結果に基づいた話などではなく、私自身の個人的な実体験からくる見解なのだが、コンサルティングファームやMBA出身のビジネスマンたちはしばしば、どんなものでもマトリックスに整理しようとしているんじゃないかというふしがある。おそらくは彼らがキャリアの初期に、PPMやSWOT分析のような「2次元表で整理する道具」を学ぶこととも無関係ではないのかもしれない。

● マトリックス分析の2つの限界

 PPMに限らず、「どこの市場で戦うか」という戦略を考えるフレームワークの多くで問題になるのは、どんどんシェアを伸ばして価格競争力をつければいいというほどでも、さっさと撤退しなければいけないというほどでもない場合である。「何かしらの差別化を行なう」「他社と異なる付加価値を生み出す」にしても、果たしてどのような差別化を行ない、どのような付加価値を与えるべきかという視点が必要になるのだ。このような問題に対してコンサルタントたちはどうアプローチするかというと、私の知る限り、やはりマトリックスを書いて整理してくるのである。

 さすがに自分が目にした実際の話をすると問題になるのであくまで架空の話ではあるが、たとえば経営戦略に悩む中堅どころのスポーツ用品メーカーに対して、図表1‐3のようなマトリックスで競合企業を整理する。そして、これを根拠に「社長!  御社の強みを活かして競技スポーツ用にファッション性の高い商品を出す方向へ特化して行きましょう! 」という主張をするのである。

 なおこの図の中にある「ブルーオーシャン」とは経営学者チャン・キムとレネ・モボルニュによって提唱された概念とは異なる何かであり、「他社があまりいない手薄な市場」ぐらいの意味でカジュアルに使われる一種のスラングだ。しかしこのようなやり方には2つほど限界がある。

 1つめの限界は、なぜこの2次元に注目すべきかという選択肢がコンサルタントの恣意性に任されてしまう点だ。スポーツ用品のブランドを「球技などの競技スポーツ向けか/ランニングやヨガなど非競技スポーツ向けか」と「ファッション性重視か/機能性重視か」の2軸で把握すれば先ほどの図が得られることは確かだったとしよう。だが、スポーツ用品に関わる要因はそれ以外にもいくらでもある。たとえばその無数の選択肢のうち、「ラグジュアリーか/カジュアルか」という軸を考えれば「ラグジュアリーで機能性重視のブランドが手薄」という結論になるかもしれない。

 その中でなぜ最初に述べた「競技スポーツか」と「ファッション性重視か」という2軸で分ける必要があるのか。その答えはコンサルタントの経験と勘、あるいはセンスといったものだろう。極端な話、このコンサルタントが休日に友達とフットサルをしていて、「女性でフットサルを楽しむ人も増えてきたし、もっとファッション性が高いやつを出せば売れるだろうになー」と思ったアイディアを、さも客観的な分析の結果見つかったかのように売り込むことだって可能なわけである。

 2つめの限界は仮にコンサルタントが挙げた2つの軸が、この世のスポーツ用品ブランドの多様性をよく説明する良い枠組みだったとして、「手薄な領域」が果たして有望な市場なのかどうかという点である。

 たとえば次のような可能性は考えられないだろうか? 

 競技スポーツを行なう者はそうでない者よりも「競争」を好んでいるはずであり、ゆえにスポーツ用品にはファッション性よりもとにかく競技で有利になるための機能を重視しようという欲求が強い。一方、非競技スポーツを好む者は、怪我をしにくいとか体が楽だという機能性を求める者と、スポーツ中の気分を高揚させられるようファッション性を求める者の両方がいる。こうした仕組みが背後に存在するため、競技スポーツ向けに機能性の優先度を下げてファッショナブルな製品を作っても、多くの顧客はそこに魅力を感じないという隙間が存在しているだけかもしれないのだ。

 「そこが空いている場所」というのはしばしば、単に他社が検討した結果収益性が低いと判断されたとか、過去に何社も挑戦してみた結果、どうしてもうまくいかなくて撤退した跡地であったりする。いくら海が青く澄んでいようと、魚どころかプランクトンさえ生きられない「死の海」では意味がないのである。

 差別化や市場セグメントへの集中は、それ自体が目的なのではない。差別化や市場セグメントへの集中によって、競争で優位に立ち、収益をあげることができてはじめてその戦略は成果をあげたと言えるだろう。だとするならば、果たしてその差別化や市場セグメントは自社の利益に繋がる実り多いものなのか、それとも単に他社が進出する価値を見出せず放置されているだけのものなのか、判断しなければならない。

 これは前述のSWOT分析についても同様のことが言える。1997年、テリー・ヒルとロイ・ウェストブルックは「SWOT分析:製品リコールのとき」と題した論文の中で、多くの会社がSWOT分析でいろいろ要因(強みや脅威など)を見つけているものの、結局それらは経営にほとんど活かされていない、という主張をした。SWOT分析などのツールを使えばネガティブなものであれポジティブなものであれ、自社の内外の環境要因をリストアップすることができる。問題はこの後であり、それぞれの要因がどれほど利益に直結するのかがわからなければ、どの程度重視してどう経営戦略に反映すべきか、本来誰にも判断がつかないはずなのだ。

 もちろん経験と勘とセンスにあふれる優秀なコンサルタントであれば、定性的な分析とマトリックスだけでも「良い戦略」を授けてくれるのだろう。だが非才な我々にそこまでの芸当はできない。それにいくら肩書きが立派だろうが、初対面のコンサルタントがこうしたセンスを持ち合わせた優秀な人物なのか、それとも履歴書だけが立派なポンコツなのか、判断することはしばしば困難である。

 ではどうすべきなのか。私が本書で提案する答えはシンプルである。経営戦略に関する先人の理論を理解し、先行研究のエビデンスを理解したうえで、データをきちんと統計解析する。そうすればどのような戦略が収益に繋がるか、非才な我々でも、ときに優秀なコンサルタントでさえ見落とすような発見が可能になるはずである。

西内 啓

最終更新:9月21日(水)18時15分

ダイヤモンド・オンライン

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