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西武と東武、埼玉の"宿敵"が手を組んだ理由

東洋経済オンライン 9月16日(金)6時0分配信

 かつて、東武東上線沿線の住民にとって、西武線が嫉妬の対象だった時代がある。今から30~40年前の話だ。「芋ようかん」、「カステラ」などと揶揄されたクリーム色の車両に乗っていた東上線の沿線住民には、黄色と銀色で塗装された西武線の車両がまぶしく映った。

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 西武の特急列車は「レッドアロー」という特別な列車だったが、東上線の特急は「みつみね号」という名前が付いているのに使われているのは普通の通勤車両というのも癪に障った。西武池袋線にも東武東上線にも東京メトロの同じ列車が走っている現在では想像もつかない時代だった。

 西武鉄道の担当者にこの話をすると、「そんな風に思われていたという話は聞いたことがありません」という答えが返ってきた。しかし、優越的立場にある人はえてして相手の気持ちがわからないものだ。東武鉄道の関係者は、「その頃は東上線沿線の人が池袋に買い物に出かけると、東武百貨店ではなく西武百貨店を訪れていたらしいですね」と話をしてくれた。

■東上線沿線のファンに格安で販売

 当時の東武百貨店池袋本店は現在の半分程度の面積しかなく、品ぞろえで見劣りした。一方、西武百貨店池袋本店は海外の高級ブランドを次々と導入、全国的な人気を博していた。東上線の住人が西武で買い物をしたいと考えても仕方ないだろう。当時の西武百貨店は西武流通グループ(後のセゾングループ)、西武鉄道は西武鉄道グループと分かれていたが、外からは同じ「西武」に見えていた(現在も西武鉄道は西武ホールディングス傘下、西武百貨店はセブン&アイホールディングス傘下で分かれている)。斬新な広告戦略で人気のパルコが西武グループに属していたのもくやしかった。

 極めつけが1978年秋に発表された西武ライオンズ(現・埼玉西武ライオンズ)誕生である。「埼玉県にプロ野球チームができた」と喜び、東上線沿線の子供たちは西武の青い帽子を買い求めた。東上線沿線でも連日、あちこちでライオンズの応援歌「地平を駈ける獅子を見た」が鳴り響いていた。東上線沿線にもプロ野球チームがあればいいのに、と残念な思いがした。

 今年、そんな西武と東武が手を組んだ。9月17、18日に西武プリンスドームで開催される埼玉西武ライオンズ対東北楽天イーグルス戦にて、「東武東上線沿線フレンドリーシティ感謝デー」と銘打って、東上線沿線の川越市、朝霞市、新座市、志木市、和光市、富士見市、ふじみ野市、三芳町に在住、在勤、在学する人に対して最大53%引きという特別価格で座席を提供する。38年にわたる球団の歴史上、初めてのイベントだ。

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最終更新:9月16日(金)8時15分

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