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集中連載!極私的「シン・ゴジラ」の愉しみ方【Vol.5】

東京ウォーカー 9/17(土) 7:00配信

大ヒット公開中の映画「シン・ゴジラ」を、極私的に愉しむこの連載。第5回は、おそらく庵野秀明氏が最も嫌うであろう、何の根拠もない想像と推測で、庵野秀明総監督のことを考えてみた。

【写真を見る】映画「シン・ゴジラ」より

■ 観客を圧倒する何か…それを求めた庵野総監督

「そうじゃないんだよな、そこはこうしなきゃ」

我々は映画を観てよくそんなことを考える。時には「オレだったら脚本はこう書く」とか「こう撮る」とか、やったこともないのにエラそうなことを口走ったりする。映画を観ているのはたかだか2時間、なのに何百人が何百時間もかけて作り上げたものを簡単に論じて頭の中で手直ししたりする。娯楽とは本来そういう批判対象になるものではあるが、考えたらこんな失礼なことはない。

おそらく世の監督は様々な文句をつけているレビューを読んで「じゃあ、お前はどれだけ勉強してるんだよ」と愚痴っていることだろう。そう、批判するにはそれだけのエネルギーが必要である。文句を言うならそれだけの知識を吸収して代案を提示しなければ、それはただの野次や雑言にすぎない。そして自分の批判や文句を武装する“何か”も必要である。それが圧倒的な“何か”であればなお効果的。庵野秀明は相手が攻撃できないように、自己防御のために“何か”を仕掛ける…。「シン・ゴジラ」の総監督を引き受ける際、そんなことを考えていたのではないだろうか。

■ 84年版が気づかせてくれた圧倒的スピードとリアリティ

私の中で今作と結びついたのは84年版の「ゴジラ」だった。当時子供向けになっていた怪獣映画をソフトとして再生するには大胆な改革が必要である、とばかりにゴジラと人間の対決を主題とした野心作。きっと若き日の庵野監督も観ただろう。そしてこうつぶやいたに違いない。「そうじゃないんだよなぁ」

もしゴジラが上陸してきたら日本はどうなるか?の着想はまったく同じ。ソ連の原子力潜水艦が撃沈され米ソの緊張が高まる中、日本はゴジラの存在を世界に発表して東西陣営の衝突を防ごうとする…外国の核攻撃の要請に対して首相は非核三原則を盾に抵抗…と、かなりリアリティ重視のシノプシスになっている。ところがこのドラマ・パートの会話がかったるい。まぁ実際に政治家が話すスピードってこんなもんだろうし、わかりやすくしなければという配慮もあったんだろうけど、それにしてもかったるい。しかし芽はある。そこを改良すればもっと面白くなる。

そこで庵野秀明は膨大な量の台詞を用意して観客が理解できない、いや、させないスピードで放出してきた。人間って脳で処理できる以上の情報を圧倒的なパワーで与えられると考える前に「すげぇー」と驚いてしまうもの。前半で閣僚の会議があって長々と続いた内容を「中略」ですっ飛ばした時点で確信した。問題は何を喋っているかではなく、いかに緊迫感を表現するか、ということなのだ。

ちなみにゴジラ映画にはストーリーテラーとなるわかりやすい登場人物がつきもの。84年版では田中健演じる新聞記者がピンチに陥ったりロマンスを担う役割だったが「日本が危機のときに特定の個人をクローズアップするのは違う」という理屈なのか、姿を消している。田中健の役名が牧吾郎、今作に名前だけ登場したのが牧悟郎教授、姿を消した両者の間には少なからずの因縁があると推測される。

■ 先人たちへのリスペクトが生んだ桁違いの時間とエネルギーと情熱

さて、野心的な姿勢と従来の怪獣映画の路線をどう融合させるか。84年版は対ゴジラとして、こともあろうに新兵器スーパーXを登場させてしまった。「そうじゃないんだよな、結局そうなるんだよな」せっかく政治色を強めたのに、ギリギリまでリアリティの境界線で踏ん張ったのに上層部の意見に負けてしまったのか、最終的に怪獣映画に舵を切ってしまった。きっと庵野秀明はそこに落胆したことだろう。そして自分なら融合させない、自分が作る映画には現装備しか出さない、それ以上に民間人も対抗しなければ勝てない、という信念のもと「ヤシオリ作戦」を決行したのではないか。ミリオタを凌駕するありったけの知識で理論武装しよう、自作の「ヤシマ作戦」との類似を指摘されても構わない、そもそも巨大な敵に人間はどう対処するかで考えた作戦、いっそのこと似たような名前にしよう、ヤシオリのうんちくもつけておこう、音楽も同じでいいや、と、あえて呼び水を巻いて防衛ラインを敷いたようにも思える。見た人がもし軽はずみに口撃の引き金でも引こうものなら、ひとたまりもなくやられてしまうのだが。様々な葛藤と熟考の末、84年版へのアンチテーゼとして、オレならこうするという思いで「シン・ゴジラ」は完成した…はずである。

忘れてはならないのが過去の作品に対する批判の精神はあっても否定ではないということ。庵野秀明は先人たちをリスペクトしつつ、彼らを超えるために、代案を提示するために彼ら以上の努力を惜しまなかった。時には己の魂も削って心血を注いできた。それを誰が批判できようか。「シン・ゴジラ」を観て誰も文句を言わない、のではない。誰も文句を言えない、言わせないだけの時間とエネルギーと情熱を注入しているからこそ、観客は総監督を前にして無力なのである。

<庵野さん、あなたこそ真シンの完全生物ですよ>

【文/平野秀朗(ひらの ひであき)●映画推測家。テレビやラジオの番組制作や『探偵!ナイトスクープ』の構成作家として活躍。映画関連では、関西ウォーカーの「銀幕スター&ギョーカイ人列伝」を連載中】

最終更新:9/17(土) 7:00

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