ここから本文です

転換期のアメリカがど真ん中に突きつけられる問い

JBpress 9月17日(土)6時0分配信

 9.11のちょうど半年後だった。私は春休みに暇を持て余す学生だったので、誘われて二つ返事で飛行機のチケットを取った。

 チケットは安かったがその分ニューヨークのJ.F.K国際空港は物々しい雰囲気で、イミグレの待ち時間は長かった。まだ、ワールドトレードセンターのツインタワーに突っ込んでいく2機の飛行機の映像は記憶の中で生々しかった。

 しかし街にには定常運用の人々の日常が広がっていた。少なくとも私にはそう見えた。私は何事もなく動く地下鉄に乗り、コーヒーを持って公園を散歩する人々を眺めた。

 世界を揺るがす大事件があってもそれでこの町が終焉を迎えるものではなく、人々はその後もこの町に暮らし続けているのだという、きっと彼らにとっては当たり前のことを、道端のホットドック屋さんに、公園を散歩する犬とマダムに、ブロックの曲がり角にあるコーヒー屋さんに、私は新鮮な気持ちで見た。ロウアーダウンタウンには3月のまだひんやりと肌に冷たい風が吹いていた。

 初めてのニューヨークだったので、やることはたくさんあった。自由の女神を拝むと、日が暮れないうちにグラウンドゼロまで歩いた。

 その灰色の空き地は平らにならされて、ほとんどがらんどうになっていた。半年前までここに高いビルが建っていたなんて想像もできなかった。ただ、まだ少し残った瓦礫のすき間にたくさんの旗がはためき、柵には色とりどりのリボンがかけてある。黙とうをする者がいて、すすり泣く者がある。花を置く者がある。彼らの記憶の中では、ここにあった巨大な2棟のビルはまだ昨日のことのように現在と近接しているのだろう。

 私はそこにただ突っ立って、まるで場違いな気持ちと、その空間に漂う悲しみが自分の中にもするりと入り込んでくるような気持ちを交互に感じていた。私はこの事件「直後」の場所に物見遊山でやってくる資格を持っているのだろうかなどと考えた。

 だから、隣にいる観光客らしきカップルが、沈痛な面持ちのままカメラのシャッターを切っているのを見て、正直なところ少し、ホッとした。

 夜になるとブロードウェイでミュージカルを観た。演目は「キャバレー」。ミュージカルにやってくる観客たちがカジュアルな格好で、最後にはスタンディングオベーションが起こり、そんな舞台と日常の近さが全部「アメリカらしく」見えて、私は観光客らしく感激していた。ここは自分たちの空間でもある、という感覚があった。

■ 大通りを練り歩く緑色の人たち

 夜が明けると日曜日になった。ニューヨーク観光は続き、私はマンハッタンの北の方を歩くことにした。

 セントラルパークを通り抜け、メトロポリタン美術館でゴッホを見て外に出ると、美術館の前の車通りが封鎖されていて、なにやらざわざわと騒がしい。反射的にキュッと腹のあたりが緊張したが、何のことはない、今日はお祭りのようだった。

 お祭りで賑やかな街路を東西南北に歩いていく。碁盤の目になった街並みにはお洒落なカフェと場末のバーが代わる代わる立ち並び、下町と山の手が混ざり合ったような感覚が街歩きに楽しい。

 お祭りは町に深く分け入るたびに盛大になってくるように思われた。街路はどこをどう折れてもワイワイと活気に満ちている。ビール瓶を手に歌う者がいて、肩を組んで踊る者がいる。今日はいったい何の祭りなのだろう。

 しばらく歩いたのちに意を決して、通りに面したバーに入って聞いてみると、マスターと思しきおじさんが笑って答えた。

1/2ページ

最終更新:9月17日(土)6時0分

JBpress

記事提供社からのご案内(外部サイト)

JBpress PremiumはJBp
ressが提供する有料会員サービスです。
新たな機能や特典を次々ご提供する“進化
するコンテンツ・サービス”を目指します。